SPnet私服保安入門


(2)つきまとい

 




スーパーマーケットには女性従業員が多い。

客が特定の女性従業員につきまとうことがある。

毎日その姿を見に来たり写真を撮ったり、レジ清算のときにさりげなく手を触ったり。

従業員出入口で待ち構えて後をつける者もいる。


当の女性従業員には迷惑なことである。

「君は美人だからねぇ…。」では済まされない。


私が担当店に配属されたとき店長にこう言われた。

『君はお客様と店の従業員を守ってくれ。店の商品を守るのはその次だ。』

店にとって「安心・安全・快適な買い物空間を客に提供する」ことと同様に
「安心・安全・快適な労働空間を従業員に提供する」ことも大切なのである。


“つきまとい”に関して誰もが“セクハラ防止法”と“ストーカー禁止法”の名前を挙げる。

また、“軽犯罪法”にも“つきまとい”に関する条文がある。


a.セクハラ防止法


一般に“セクハラ防止法”と言われているのは、

「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針
(平成10年3月13日・労働省告示第20号)」である。

これは法律ではない。


その対象は上役である。

・エロ上役が部下の女性に性的関係を迫る,触る,性的な質問をする,エロ写真を職場に持ち込むなどのことをしてはいけない。
・それを嫌がる女性に不利益を与えてはいけない。
・そんなことがあった場合に文句をつけるところを作りなさい。

以上のことを労働省が会社に指導しているのである。


これに反したからといって、刑罰を課せられるわけではない。

もちろん、セクハラ内容によっては刑法の強制猥褻罪が問題とされるし、
上司と会社が損害賠償を請求されることもある[※不法行為(民法709条)・使用者責任(民法715条)]

しかし、「一般客が女性従業員につきまとう」のを禁止しているのではない。


b.ストーカー禁止法


正式名は「ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年5月24日・法律第81号)」。

この法律には、

「何人も、つきまとい等をして、
   その相手方に身体の安全、住居等の平穏若もしくは名誉が 害され、
   又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない。」(第3条)

それをした者への刑罰として、
「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金。」(第13条)を定めている。

また、警察・公安委員会による警告・禁止命令が認められている。


しかし、
「この法律の適用に当たっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、
   その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。」(第16条)
と注意している。

簡単に言えば、この法律は“失恋逆切れ”を対象にしたもので、
“いじらしい片思い行動”は対象外である。


私服保安はまず「女性従業員になされているつきまといが、この法律の禁止するものであるかどうか」を警察に相談しなければならない。

条文を勝手に解釈して安易に行動すると、つきまとう者に対する人権侵害・脅迫罪・強要罪が問題となるので注意が必要だ。


c.軽犯罪法


軽犯罪法は次のように“つきまとい”を禁止している。

・軽犯罪法1条28号
「他人の進路に立ちふさがって、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、
   又は不 安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者は拘留又は科料に処する。」

拘留とは懲役・禁固の軽いもの(1日~30日未満・刑法16条)、
科料とは罰金刑の軽いもの(千円~1万円未満・刑法18条2項)である。


「店に毎日やって来て、目当ての女子従業員を見る」くらいでは軽犯罪法に触れないだろうが、
「女子従業員の退店を待ち伏せ、従業員駐車場までその後をつける」のは対象になるだろう。


もっとも、この法律ではその濫用を禁じている。

・軽犯罪法第4条
「この法律の適用にあたっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、
   その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。」


私服保安の勝手な解釈と安易な行動は危険である。

とにかく警察に相談することである。


d.私服保安のするべきこと


まず、つきまとわれている女子従業員の不安を取り除かなければならない。

・「つきまといをする客が来たら、すぐに連絡してほしい。」と女子従業員に言っておく。
・連絡が入ったら、すぐにその従業員の近くに行き相手を牽制する。
・女子従業員が退店するときにはエスコートする。


次に、つきまといの程度を調べ、それが法律に反する程度のものであれば警察に相談する。

場合によっては、警察官がつきまといの現場を見に来てくれる。

それだけで、つきまとう者を充分に牽制することができる。


レジ清算で女子従業員が釣り銭を渡すときにさりげなく手を触る者に対しても、近くに立って牽制すればよい。


女子従業員の写真を撮る者に対しても、近くに立って牽制するだけの方がよい。

店内ルールで「店内の写真を撮ること」が禁止されている。

このルールを持ち出すことはできるが、それをするには店の許可を得ておく必要がある。

店は「お客様第一」を打ち出している。

店に「どこまでやれるか」を説明し、店から「どこまでやってもいい」との許可を得ておかなければならない。

私服保安の一存で勝手に行動してはならない。

問題が起これば店に迷惑がかかるからである。


なお、ほとんどの“つきまとい”は、私服保安がその女子従業員の近くで相手を牽制すれば諦めてしまう。

しかし、そうではない者もいる。


e.諦めたと思った“つきまとい”が持ってきたものは…


これは先輩私服保安の経験談である。


あるショッピングセンターの専門店に頻繁に通ってくる男性客がいた。

男はその店の女子従業員に好意を寄せているらしい。

いろいろ買ってくれるので、その女子従業員が愛嬌(あいきょう)を振りまく。

男はそれを目当てにやって来る。


女子従業員はだんだんとその男が負担になってきた。

そこで、その店の店長に相談した。

店長は「さりげなくその男に諦めさせよう…。」と思った。


男がいつものように店にやって来た。

店長は世間話の中で、男に軽くこう言った。

『彼女には彼氏がいましてね…。』

男はその言葉を聞いて帰って行った。

店長は胸をなでおろした。


ところが、男は次の日もやって来た。

そして、男の左手には日本刀が握られていた。


男は店に立てこもった。

ショッピングセンターは大騒動となり、多数の武装警官が出動して男を取り押さえた。


脚色されていると思うが、同様のことが起こる可能性はある。

私服保安は「単なるつきまといか…。」と軽く考えてはいけない。

情報収集・店との相談・警察への相談・協力要請が不可欠である。


なお、警察官が到着する前に、この先輩私服保安と制服警備員が男の立てこもる店へ様子を見に行った。

男は二人に気付くと店から出てきて日本刀を抜いた。

先輩私服保安は制服警備員に『逃げろ!』と叫んだ。

二人は別々の方向に逃げた。

男は、日本刀を振り上げて制服警備員を追った。

制服警備員の方はくれぐれもご注意を。


つづく

 





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