SPnet私服保安入門


b.盗撮

 




ケイタイ電話のカメラで撮る者が多い。

中には、タバコの箱にケイタイ電話を隠したり、靴の先に小型カメラを仕組んだりする工夫派もいる。

また、女子トイレの個室にひそんで隣の個室内の女性を撮影する大胆派もいる。


店内カゴにビデオカメラを入れて盗撮していた男を、一般客が捕まえてきたことがある。

私は犯人の同意を得てそのビデオ映像を見た。

それは実に生々しいものだった。

今ではインターネットが普及して“そのものズバリの映像”が溢あふれているが、それはそれ以上のものだった。

だから、盗撮犯の気持ちも理解できないわけではない。しかし、他人に迷惑をかけてはいけない。


イ.「エッチな盗撮」は迷惑行為防止条例


盗撮は“のぞき”と同列に迷惑防止条例で禁止されている。(以下の ①,②,③ )
「のぞいて自分の脳に記憶すること」と「写真に撮って記録媒体に記録すること」は同じような行為だからだろう。

迷惑防止条例については“のぞき”で説明したが、ここでもう一度その規定を見てみよう。


「何人も、
  人に対し、
  公共の場所又は公共の乗物において(a)、
  正当な理由がないのに(b)、
  人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で(c)、
  次に掲げる行為をしてはならない。
 ・人の身体に、直接又は衣服その他の身に着ける物の上から触れること。(①)
 ・衣服等で覆われている人の身体又は下着をのぞき見し、又は撮影すること。(②)
 ・前2号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。(③)」

「何人も、
  みだりに(d)、
  公衆浴場、公衆便所、公衆が利用することができる更衣室、
  その他公衆が通常衣服等の全部又は一部を着けない状態でいる場所における(e)
  当該状態にある人の姿態を(f)
  撮影してはならない。」(④)

刑罰は「6カ月以下の懲役・50万円以下の罰金。」


迷惑防止条例で禁止されているのは、

・①.公共の場所・公共の乗物での“おさわり”
・②.公共の場所・公共の乗物で、隠された身体又は下着をのぞく・写真に撮る
・③.公共の場所・公共の乗物での卑猥な言動
・④.公衆が利用でき、そこで衣服を脱ぐような場所で衣服を脱いでいる人を写真に撮る。


・ここで注意しなければならないのは「公共の場所」での“おさわり・のぞき・盗撮”が処罰の対象となっていることである。
(①・②・③ → a,④ → e)

会社の事務室・更衣室・トイレ・エレベーターなどの施設内で行われた“おさわり・のぞき・盗撮”は迷防の対象ではない。
小中学校や女子高の教室やトイレで行われたものも同じである。

そこが公共の場所であると判断されれば迷防が適用されるが、
エロ上役やエロ教師はを迷惑防止条例の直接的な対象者でない。

もちろん、ショッピングセンターは公共の場所であり迷防が適用されることに問題はない。


・②と④の関係

②は公共の場所・公共の乗物で、隠された身体または下着をのぞく・写真に撮る
④は公衆が利用でき、そこで衣服を脱ぐような場所で衣服を脱いでいる人を写真に撮る

④は②に含まれるように思えるがそうではない。

②は「隠された身体または下着」、例えばスカートの中の太股やパンツ。
④は「衣服を脱いだ状態の人」で、その状態にあれば下着や尻が見えていなくてもよい。


・なお、①,②,③ で「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で(c)」と限定されているが、
2~3歳の男児がお姐さまのスカートの中をのぞいたり、同年代の女児のスカートをめくったりする場合でなければ、
通常の“おさわり・のぞき・盗撮”はどれだけ明るく無邪気に行っても「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で行った」と判断されるだろう。


迷惑行為防止条例は都道府県によって微妙に規定の文言が異なる。
「のぞくことと撮影すること」を禁ずるものや「撮影すること」だけを禁ずるもの。
また、「撮影機材を設置すること・撮影機材を向けること」を禁ずるもの。
しかし、どれも禁止する「盗撮・のぞき行為」の範囲を拡げていく傾向にある。
そして、「ひわいな言動」という包括規定を設けて、規定から漏れる「盗撮・のぞき」を網にかけようとうしている。
愛知県迷惑行為防止条例東京都迷惑行為防止条例


ロ.迷惑行為防止条例で禁止されている盗撮。


・①.公共の場所・公共の乗り物で、「衣服等で覆われている人の身体又は下着」を撮影すること


売場で他人のスカートの中を盗撮するのがこれである。

ミニスカートから出ている脚や、タンクトップから出ている胸・背中・腹を撮るのはこれに該らない。


・②.公共の場所・公共の乗り物で「卑わいな言動」をすること。


①の対象から外れた盗撮がここで判断される。

「写真撮影はしないがスカートの下にカメラを差し入れる」や
「ミニスカートから出ている脚を近くから露骨に撮る」ような場合が問題となるだろう。


・③.「公衆が通常衣服等の全部又は一部を着けない状態でいる場所」で「その状態にある人の姿態」を撮影すること


「トイレで女性が下着をずらした状態を盗撮すること」がこれである。

・まだ下着をずらしていない状態を撮影した。
・写真を撮影するつもりはなくカメラを差し入れただけ。
・カメラ撮影ではなくのぞいただけ

これらは、③にあたらないが、②の卑猥な言動に該ることになる。


このように条文で事細かく規定すると、文字の解釈で「ああでもない、こうでもない。」と問題になる。

そこで都道府県によっては、「のぞき・盗撮・お触りなど」を別々に規定せずに次のようにひとまとめにして規定している。

「何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゅう恥させ、
   又は人に不安を覚えさせるような卑猥(ひわい)な言動をしてはならない。」

「卑猥な言動」という言葉でひっくるめるのである。


「それが 卑猥な言動 であるかどうか」は具体的状況に応じて裁判官が決めることになる。
罪刑法定主義の点で批判が出そうであるが、
このようにまとめて規定しておかないと“さまざまな痴漢行為”に対処できないのであろう。
憲法31条「法定手続の保障」と罪刑法定主義


以上のようにショッピングセンターでの通常の盗撮は迷惑防止条例が適用され現行犯逮捕が可能となる。


ハ.「エッチでない盗撮」は肖像権侵害に対する正当防衛


迷惑防止条例に引っかからない盗撮はどうなるのだろうか?

私の担当店にもそんな男がいた。
両手にケイタイ電話を持ち、食品売り場でせっせと女性客の後ろ姿を撮る。

女性従業員の顔や制服姿を撮っていく者もいる。
これらは、迷惑防止条例の「卑猥な言動」には該らないだろう。

そもそも「人を著しくしゅう恥させ、又は人に不安を覚えさせるようなもの」ではないだろう。

このような盗撮に対しては、「肖像権侵害に対する正当防衛として、撮った写真を廃棄させる」ことが法律上認められる。
これを説明しよう。


・肖像権


肖像権とは「自分の姿・形を、勝手に公開されない権利」である。

法律に規定されていないが、一般的に認められているし裁判所も認めている。


憲法は「国民が個人として尊重されること」・「国民の自由・幸福追及の権利は尊重されること」を保証している。(憲法13条)

この憲法の趣旨から、「個人の私生活を暴かれない」という権利(プライバシー権)が認められている。


“個人の姿・形”は個人の私生活に関するものである。

それを公開されることは、私生活を暴かれることになる。

肖像権はプライバシー権の一つに位置づけられている。


肖像権侵害は刑法上の犯罪ではないので、刑罰は与えられない。

被害者は、民事裁判で「公開されないように」差し止め請求をするか、損害賠償を請求することになる。


・正当防衛


正当防衛とは、「他人や自分に“不正な侵害”が迫ってくるときに、やむを得ない限度で、これを押し返す」ことである。(刑法第36条)

正当防衛であれば、相手を押し返したことによって相手の権利が侵害されても犯罪とはならない。
正当防衛(刑法36条1項)


・盗撮と肖像権侵害・正当防衛の関係


許可を得ないでその人の写真を撮っても、まだその人の肖像権は侵害されていない。

盗撮者がその写真を他人に見せたときに侵害が発生する。


写真を撮られたときは、「その人に肖像権侵害が迫ってくる」段階である。

しかも、このままにしておけば盗撮者がどこかへ行ってしまう。

いまなんとかしなければ肖像権が侵害されることになる。

こんな場合であるので、正当防衛が行える。


正当防衛として何ができるだろうか

「肖像権侵害を防ぐ」ことである。

それによって盗撮者の権利が侵害されても構わない。

具体的には、「盗撮者の撮った写真を消させる」ことになる。


但し、写真を撮られた相手が撮影に同意していれば、肖像権侵害は問題とならない。
必ず、撮られた相手に「同意があったかどうか」を確認しなければならない。
『肖像権侵害の正当防衛だ!』と盗撮者に声をかけたら、“奥さんの後姿”を撮っていただけなら大変である。


「同意がないこと」を確認したら、写真を撮られた相手を伴って盗撮者にこう言えばよい。

保『すいません…。いま、この方の姿を写真に撮られましたよね?
     この方は「同意をした覚えはない。」と言っておられます。
     その写真が一般に出回ると、この方の肖像権が侵害されてしまいます。
     いまあなたが撮ったこの方の写真を、この場で削除してもらいたいのですが…。』

盗撮者が、
『写真を撮るのは俺の自由だ。そんなことを命令されるいわれはない!』と開き直ったら、

保『それなら警察官にここに来てもらって、その点を充分に説明してもらいましょう。』
と、ケイタイを取り出せばよい。

盗撮者は慌てて、写真を削除するだろう。


但し、盗撮者のカメラを取り上げたり勝手に映像を削除したりしてはいけない。

それは正当防衛の限度を越えてしまうからだ。

正当防衛でできることは「最小限の力で侵害を押し返すこと」だけである。


ニ.迷惑防止条例違反の現行犯逮捕・肖像権侵害の正当防衛は危険


以上のように、“エロ盗撮犯”に対しては迷惑防止条例違反の現行犯逮捕、
“エロでない盗撮犯”に対しては肖像権侵害に対する正当防衛として「撮った写真を廃棄させる」ことが認められている。


しかし、刑事法で認められていることは「それをしても刑事責任を負わされない(犯罪にならない)」というだけである。

・盗撮犯が実際には盗撮していなくても誤想防衛として刑事責任を負わされないが、民事上の損害賠償責任を負わされることになる。
・盗撮犯が盗撮していても、証拠を揃えることができなければ犯人は裁判で無罪となる。
  そして無罪となった犯人から民事上の損害賠償請求をされたり、
  それがスキャンダルとなれば店の信用・ブランドを傷つけることになったりする。


・盗撮では“犯行の確認”と“証拠の確保”が難しい


これを“万引き”と比較してみよう。


(盗撮の確認が難しい)


“万引き”では、犯人が店の商品を手に取ってそれをバッグやポケットに入れるのだから物が移動する。
物が移動すること(盗ったこと)の確認は容易である。

しかし、“盗撮”は「カメラで撮る」のだから物は移動しない。
だから「盗撮したかどうか」の確認が難しい。


シャッター音がしてもカメラが故障していれば写真は撮れていない。

写真が撮れていなければ「盗撮したこと」にはならない。

ピンボケでも同じである。

犯人が盗撮する真似をしただけかもしれない。

“はめ込み”かも知れない。


盗撮犯に声かけしたら写真が映っていなかった。

これは、万引き犯人に声かけしたら商品を持っていなかったとことと同じである。

犯人の犯行がはっきりと確認できる万引きですら
“棚取り現認・入れる現認・中断のないこと・単品禁止”の厳しい検挙条件を課している。

犯行の確認が難しい盗撮では誤認の危険が高くなる。


(証拠の確保が難しい)


万引きの証拠は犯人が盗った商品である。

盗撮の証拠は犯人のカメラに写っている写真・映像である。


万引き犯人が盗った商品を売場に戻したり仲間に渡したりトイレに流したりするのにはある程度の時間がかかる。

また犯人の動向にも変化がある。

だから、私服保安 は「万引き犯人が商品を持っているかどうか」を判断することができる。


しかし、盗撮犯がカメラ映像を消去することはデジタルカメラなら簡単である。

盗撮では犯人が証拠を消すことが簡単にできるのである。

それを私服保安 が見落とす危険がある。


しかし、盗撮の証拠確保にはもっと大きな難しさがある


盗撮犯は私服保安 の目の前で堂々と証拠を消すことができるのである。

そして、私服保安 はそれを制止することができないのである。


『えっ、なぜ?』


私服保安 は犯人を現行犯逮捕したあと犯人に何も強制できない。

すべてのことに犯人の同意が必要である。

犯人の盗った商品を調べるのにも、それを値段調べのために事務所へ持っていくのにも、すべて犯人の同意が必要である。

盗撮犯のカメラを取り上げたり、そのカメラの映像を確認したりするのには犯人の同意が必要になる。

私服保安 がそれを犯人の同意なしに行えば、違法捜索・押収・検証や強要罪が問題となる。


盗撮犯は自分のカメラを私服保安 に渡す義務ばない。

写っている写真を私服保安 に見せる義務もない。

大声で吠える私服保安 の前で、

『な~んだ!好みの写真が撮れてなかった。アングルがイマイチだなぁ…。消してしまおう。』と映像を削除しても、
私服保安 は何もすることができないのである。


保安室に警察官が到着したときには盗撮の証拠は消えている。

犯人はその警察官にこう言うだろう。

犯『僕がケイタイで電話しようとしたら、この人が「お前、盗撮しただろう!」とここまで引っ張って来たンですよ。
     こんな暴力私服保安 なんか捕まえてくださいヨ!』

こうなったら誤認逮捕になってしまうのである。

のぞき・盗撮を現行犯逮捕するには(保安のイロハ)


ホ.施設管理権・店内ルールによる“お願い”が適切


このように盗撮では誤認の危険が高く、犯人に証拠を消されてもそれを阻止することができない。

私服保安 は盗撮犯を現行犯逮捕したり、映像を削除させようと声かけしたりするのはやめた方がよい。


警察官なら盗撮犯を現行犯逮捕したあと「証拠を強制的に捜したり確保したりする」ことができる。

また、写真が写っていなくても『疑ってスマナンダノウ。わしらもこれが仕事やから…。』で済まされる。

盗撮犯が警察官相手に文句を言うことはないだろう。


私服保安 はそうはいかないのである。

私服保安 は「お客様第一」の店の看板を背負っていることを忘れてはならない。

盗撮犯に対しては「店内ルールを守ってください。」とお願いするのが適切である。


店には店内ルールがある。

これは店の施設管理権の行使である。

店内ルールに「店内での撮影・模写はご遠慮ください。」というものがある。

他の客のプライバシーを害する危険があるからだ。

たとえば、客が何気なく売場の写真を撮った。
その写真に「隣家の旦那と見知らぬ女性が手をつないでいるところ」写っていた。
そうなったら二人の私生活が公にされる危険が生じるのである。


この「店内撮影禁止」で“お願い”すればよい。

盗撮犯に対して何度も何度も根気よく“お願い”すれば盗撮するのを諦めるだろう。

盗撮する場所は他にたくさんあるからだ。


つづく

 





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