SPnet私服保安入門
・事例65.盗撮犯人を捕まえたが被害者の確保を忘れる
Aさんと私の二人勤務。
私は警備室で新しく入った高性能防犯カメラを試していた。
360度回転の高倍率ズームカメラである。
カメラは化粧品売場を映していた。
Aさんから連絡が入る。
A『山河さん。盗撮常習犯が化粧品に来ています。』
私はそれらしき男を高性能ズームカメラで捉えた。
Aさんに連絡する。
私『この作業服上下を着た40歳前の男?』
A『そうです。胸ポケットのタバコにケイタイを仕込んでいます。』
・盗撮男
私は男をアップにした。
なるほど胸ポケットにタバコの箱が入っている。
男は女性ヘアブラシ棚の前にしゃがんでいる。
ヘアブラシ棚と直角に女性化粧品棚がある。男の左側だ。
そこで、制服ミニスカートの女子高生たちが化粧品を品定めしている。
男がポケットからタバコの箱を取り出した。
そして、その箱を女子高生たちの方に向けている。
私は傍でカメラモニターを見ている若い警備員に尋ねた。
私『タバコの箱にケイタイが入っているのだろうが、シャッターを押してないよなァ…。』
警『山河さん。ケイタイには動画撮影があるンですよ!
動画撮影なら、いちいちシャッターなんか押しませんよ。』
そんな便利なものが私のケイタイにも付いていたのか!
男と女子高生たちのところに私服の女子高生がやって来た。
バーバリーチェックのミニスカートだ。
男が獲物を見つけた。「今日は大漁だ!」
バーバリー娘が男に背中を向けて立った。
男は盗塁を気にする投手のように、チラッチラッと振り返る。
そして、手に持ったタバコの箱をバーバリーミニスカートの真下に差し出した。
私はカメラモニターの前を立った。
そして、カメラ操作を警備員に頼んだ。
・逮捕
私は化粧品売り場前でAさんと合流した。
A『やっていますね。』
私『防犯カメラでしっかり録画しているよ。』
A『捕まえるンですか?』
私『もちろん。』
A『写真が撮れていないかも知れませんよ…。』
私『そのときは“卑猥な言動”でやるさ。』
男がホクホク顔で化粧品売り場から出て来た。
タバコの箱は胸ポケットに入っている。
男が専門店街出入口に向かう。
私は背後から男の両肩を掴んでこう言った。
私『ニイサン、このまま帰れると思っとるンか?』
振り向いた男の顔が引きつった。
保安室で男は簡単に「盗撮したこと」を認めた。
素直にタバコの箱を出し、ケイタイの映像を再生してくれた。
タバコの箱にはカメラ位置に穴が開けてあった。
やはり動画である。しっかりとバーバリー娘のスカートの中が撮れていた。
・被害者の確保
警察連絡。
このとき私はあることに気がついた。
「しまった!バーバリー娘を連れてこなかった!」
なぜ、バーバリー娘が必要なのか?
犯罪には被害者が必要である。
万引きの被害者は店である。
盗撮の被害者は店ではなく、盗撮された本人である。
バーバリー娘がいなければ“バーバリー娘のスカートの中”と“犯人のケイタイの映像”がつながらない。
つまり、犯人のケイタイ映像は証拠とならないのである。
自白した犯人が「これは私のつきあっている女子高生のスカートの中です。私は盗撮していません。」と言い出したら大変だ。
万引きを捕まえることに慣れてしまった私は、盗撮の被害者を確保することを忘れてしまったのだ。
警察官到着。男に事情を聴いている。
警察官が保安室から出てきて私に尋ねた。
警『山河さん。被害者はどこにいるの?』
私『それがねぇ…。連れてくるのを忘れてしまったンだけど…。』
警『えっ?それでは事件にならないよ…。』
私は警察官に警備室の防犯カメラを再生して説明した。
私『でもね…。これがバーバリー娘でしょう?
いま、あの男が振り向いてバーバリーのスカートの真下にタバコの箱を差し入れたでしょう?
この時間を見てくださいよ。男のケイタイ映像の時間と一致するじゃないですか!』
警『確かにそうだけど…。被害者がいないンじゃ…。被害届も出してもらえないし…。』
私『まあ、そんな固いことを言わないで!
事件にしなくても、男を絞り上げてくれればそれでいいンだから…。』
警『分かった。とにかく連れて行くよ。』
男はションボリして警察官に連れられて行った。
A『山河さん?いつも「盗撮逮捕は危険だからするな。」と皆に言っていませんでした?』
私『たいしたかとはなかったね。』
つづく