SPnet私服保安入門


c.女子トイレ入り込みへの対処方法

 




男性が女子トイレの個室に入りこむことがある。

その目的は、

・個室内の女性をのぞく、写真を撮る。
・仕切り板の下から手を入れて女性の足首を掴む。
・洗面所の女性に背後から抱きつく。

こんな男がいたのでは、女性客は安心してトイレに入ることができない。

私服保安はどう対処したらよいだろうか?


イ.男が“その目的”を達した場合


女子トイレに入った男がのぞいたり抱きついたりした場合は問題がない。


(法律・条例)


・のぞく,盗撮する。

迷惑防止条例・軽犯罪法。


・個室内の女性の足首を掴む・抱きつく

強制猥褻罪(刑法176条)・迷惑防止条例の「公共の場所における、おさわり・卑わいな言動」。


これらの行為をした者を現行犯逮捕することは可能である。

※強制猥褻罪は被害者の告訴によって犯罪となるが、現行犯逮捕に被害者の告訴は不要。


(犯人の現行犯逮捕)


・私服保安が犯行を現認すれば、私服保安が現行犯逮捕してもよい。


・通常は被害者からの通報で私服保安が現場に駆けつける。

この場合、私服保安自身が現認していなくても私服保安の現行犯逮捕は法律上認められる。
逮捕者が見ていなくても周囲の状況から現行犯逮捕の要件が揃っていることが分かれば現行犯逮捕できる。

しかし、私服保安は犯人を現行犯逮捕してはならない。
「被害者の思い違い・人違い」の可能性があるからである。

被害者の言葉を信じて、うかつに行動すると誤認逮捕に発展してしまう。


この場合は、被害者や犯行を現認した者に犯人を現行犯逮捕してもらうのがよい。

そのあと私服保安が事件を引き継げばよい。
但し、被害者や犯人を逮捕した者の確保が必要となる。

私服保安が被害者と犯人に保安室へ来てもらって事情を聞くのは現行犯逮捕ではない。
これは施設管理権の行使である。
“客同士のいさかい”を解決するのも施設運営を円滑にすることである。

犯人が自白すれば警察に通報すればよい。


但し、施設管理権の行使は強制処分ではない。

犯人が自白を翻し「強制的に保安室へ連れてこられた」と主張すれば、
私服保安は強要罪・監禁罪が問題となるので注意が必要である。


なお、被害者・目撃者の思い違いであったり、
被害者・目撃者が犯人を許したりした場合に被害者・目撃者をそのまま帰してはならない。

どんな形であれ私服保安が犯人と関わった以上、その正当性を示すものを残しておかなければならない。

犯人があとから「私服保安に痴漢扱いされた」と店に文句をつけてくることがあるからだ。

被害者・目撃者の連絡先を聞いておくのは絶対に必要である。

できれば、事の顛末を文書にして被害者・目撃者の承認を得ておいた方がよい。


ロ.男性が女子トイレの個室に入って出てこない場合


男が「目的とする行為をしていない段階」で法律上何ができるのだろうか?

たとえば私服保安が、
・「盗撮犯らしき男が女子トイレに入っていく」のを見た。
・「男が女子トイレ個室に入っている。」との通報を受けた。


(法律・条例)


・迷惑防止条例

男が女子トイレの洗面所の前でニタニタしているのなら、迷惑防止条例の「公共の場所における卑わいな言動」になるだろう。
しかし、「男が女子トイレの個室に入って出てこない」だけではそうならない。


・軽犯罪法


軽犯罪法では「入ることを禁じた場所に、正当な理由もなく入ること」を禁じている。

・軽犯罪法1条32号
  「入ることを禁じた場所又は他人の田畑に正当な理由がなくて入った者は拘留科料に処す。」


女子トイレは「男性が入ることを禁じられた場所」である。

女子トイレの前に、「男性の方はご遠慮ください」との注意書きはない。
しかし、「店がそれを禁じている。」ことは社会通念上当然である。

女子トイレから出てこない男にはこれが適用できることになる。


しかし、「正当な理由があれば」犯罪とならない。

たとえば、
・男は下痢中。男子トイレが満員で女子トイレに入った。
・娘が個室内に忘れ物をした。それを父親が探していた。


また「女子トイレとは知らずに入った」場合は犯罪にならない。

故意がないからである。


このように、「正当な理由があったり、女子トイレとは知らなかったりした場合」は犯罪が成立しない。
犯人がそれを主張すれば、「正当な理由がなかったこと・女子トイレと知っていたこと」を立証しなければならない。
その立証はなかなか厄介であろう。


・住居侵入罪


正当な理由がないのに他人の住居等に入ると住居侵入罪となる。

・刑法130条
  「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、
    又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、
    3年以下の懲役又は10万円以下の罰金。」


公共施設の女子トイレに潜んでいた男を、警察が住居侵入罪で現行犯逮捕した事例がある。

「男が女子トイレの個室に入り込むこと」全体を、
「正当な理由がないのに、人の管理する建造物に侵入する」と解釈したのだろう。

住居侵入罪も適用できることになる。


但し、この場合も軽犯罪法と同じく犯人に「正当な理由があった・女子トイレとは知らなかった」場合には犯罪とはならない。
犯人が否認した場合は犯罪の立証が難しくなる。


ハ.私服保安は何ができるのか? 何をしたらよいのか?


・軽犯罪法違反・住居侵入罪での現行犯逮捕

これらは法律上認められている。

現行犯逮捕をするのに“犯人の正当理由・故意”は関係ない。
犯人に正当理由があっても故意がなくても、
犯人の行為の外観が犯罪に該るものであれば現行犯逮捕できる。
現行犯逮捕の要件-それが犯罪だとハッキリ分かること


証拠は「男が女子トイレにいる」ことだけでよい。

私服保安以外の目撃者がいれば充分である。


もっとも、軽犯罪法違反での現行犯逮捕には制限がある。

「犯人の住居・氏名が明らかでない場合、犯人が逃げる恐れのある場合」だけしか逮捕できない。
※・軽い罪を行った者を現行犯逮捕するときの制限


しかし、犯人が否認して「正当理由がなかったこと・故意があったこと」が立証できなければ、犯人は無罪となる。

犯人が無罪となっても私服保安の現行犯逮捕は違法(犯罪)とはならないが、犯人から民事上の損害賠償を請求される危険がある。

また、スキャンダルとなる危険もある。

私服保安はその危険を承知していなければならない。


・施設管理権によるお願い・質問


この手の男に対しては、危険を冒して現行犯逮捕という強硬手段を使うまでもない。

施設管理権による“お願い・質問”で充分に効果を上げられる。


たとえば、

・女子トイレに入ろうとしている男には、
  『こちらは女性用ですからご遠慮ください。』と制止する。

・女子トイレにいる男には、
  『どうされました?ここは女性用です。男性用をお使いください。』と男子トイレに誘導する。


これを繰り返せば、男は別の店に行くことだろう。

“のぞき・盗撮”と同様にこの方法が一番安全である。


つづく

 





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