SPnet私服保安入門
私の担当店にも“女子トイレに入り込む男”がいた。
日曜日になると女性客から苦情が出る。
「写真を撮られた。足首を掴まれた。」
被害者は男の顔を見ていない。
トイレ前にある防犯カメラの映像は不鮮明。
犯人の人相・特徴が分からない。
しかし、被害者に共通する事柄があった。
皆が「男子トイレの前でケイタイをかけている男」を見ている。
しかも2F女子トイレで被害にあっている。
2Fトイレの傍に個人店がある。
この店の女性店長が私に情報をくれた。
『40歳くらいの男性が30分も40分も男子トイレの前で電話をしている。
1時間以上も話をしていることもある。何度も見かけるので、おかしいと思っていた。』
「この男だ!」
・男の手口
私は男の手口を推測した。
・男は男子トイレの前で電話をしているふりをして“タイプの女性客”を待つ。
・そして、“タイプ女性”の後に続き、女子トイレに入り隣の個室に入る。
しかし、30分以上もかかるのはなぜだろう?
この店に“タイプ”が少ないのか?
それとも“タイプ”が特殊なのか?
そうか!
・「女子トイレ内がその女性だけになる」のを待っているのだ。
自分が女子トイレに入り、洗面所に別の女性がいたらマズイからだ。
・男は“女子トイレに入った人数”と“出て行った人数”を差し引き計算しているのだ!
・男を発見
次の日曜日。
私は“21歳・ギャル研修生”Cを連れて担当店に入った。
私はCに“電話男”の話をした。
私『今日、その男が来るかもしれないゾ。』
C『そんな痴漢男なんか、私がふん捕まえてやります!』
Cは体の大きいスポーツウーマンである。
彼女は私に力こぶを見せた。
15時過ぎ。
私は2Fトイレ通路をのぞいた。
男が男子トイレの前で電話をしている。
私は情報をくれた個人店店長に確認した。
私『あそこで電話をしている男が“例の長電話”ですか?』
店『そうそう、警備室へ連絡しようと思っていたところなの。』
私はCを個人店に呼び寄せた。
私『お待ちかねの男がいるよ。』
Cが個人店からトイレ前をのぞき込む。
C『あの角刈りの体の大きな男ですか?』
私『そうだ。電話をしているだろう。』
C『楽しそうに話をしていますね。』
私『演技派なンだよ。女性客が悲鳴を上げたら、女子トイレに入って男を捕まえるンだぞ。』
C『“私が”ですか?それは山河さんの仕事ですヨ。私は被害者を確保しますから…。』
私『捕まえるのは女子トイレの中だぞ。私は女子トイレに入れないだろう!』
C『でも…。』
・男は動かないので、
それから30分。
男の前を何人かの女性客が通ったが、男は話し続けている。
C『本当に長話をしているンじゃないのですか?』
私『“トイレの前で”か?』
私は事務所に連絡した。
店の者に男の顔を知ってもらうためである。
女性担当者がやって来た。
事例48の『いつか仕返しをしてやるゥ~!』の女性担当者である。
担『山河さん。男が女子トイレに入ったらどうするの?』
私『男が入ったときに注意をすることができます。
しかし、それでは男に“灸”をすえることができません。
今までに何人もの女性客が被害にあっています。
やはり「キャー!」を聞いてから現行犯逮捕する方がよいでしょう。
警察に引き渡せますから。』
担『つまり、「お客様が痴漢されるのを待つ」ということ?』
私『そうなりますね。』
担『それはいけないワ!お客様を“餌”にするのだから。』
私『それもそうですけれど…。』
担『私が“餌”になってはダメ?』
私『おとり捜査ですか…。それでも警察官を呼ぶことができますが…。』
担『じゃあ、私がトイレに入って「キャー!」をやるワ。』
私『それでやってみますか。このまま待っていても時間がかかるだけですから…。』
私は女子トイレに“入っていく人数”と“出てきた人数”を数えた。
トイレ内が“ゼロ”にならなければ、女性担当者がトイレに入っても男が入らないからである。
トイレ内がゼロになった。
私『いま女子トイレの中には誰も入っていません。お願いします。』
担『「キャー!」と大声で叫ぶから飛んできてよ?』
私『任せてください。Cもいますから。』
・男は熟女に興味がなかった
女性担当者が男の前を通りすぎて女子トイレに入った。
私とCは男の様子をうかがう。
しかし…。
男は電話をしたまま。5分経っても動かない。
トイレ内の女性担当者から私に連絡が入る。
担『男は女子トイレに入ったの?』
私『それが…。まったく動かないンですよ…。』
女性担当者がトイレから出てきた。
担『腹が立つぅ~ッ!私じゃ不足なの!』
私『美人かそうでないかは別で…。多分“タイプ”の問題かと…。』
担『こうなったら、男を絶対に女子トイレに入れさせてやる!』
担当者はサービスカウンターの熟女を呼び寄せた。
私はその熟女に段取りを説明した。
熟女が不安な顔をして男の前を通りすぎる。
しかし…。
男は動かない。
担当者はトイレ内の熟女に連絡した。
担『我々ではダメみたい!戻ってきて。』
熟女は嬉しそうな顔をして、サービスカウンターに戻って行った。
担『山河さん、どうするの?もう終わりにする?』
・ここにもう一人いる!
このとき、私と担当者はCがいることに気がついた。
二人でCを見る。
C『イ、イヤですよォ~!そんなの嫌ですよォ~!』
私『熟女の魅力が分からないヤツにはギャルだ!』
C『だって…、コワイもん…。』
担『山河さん…。まだ“嫁入り前の娘さん”だから…。』
私『“力こぶ”はどうした?これも私服保安の研修だ!』
Cが渋々ながら承知する。
私は“差し引き計算”をしてCの発射を待った。
男を発見してから、そろそろ1時間になる。
私『トイレの中が“ゼロ”になったゾ。今だ!』
C『…。すぐに来てくださいよ。…。』
私『心配するな!行け!』
・男が動いた
Cが男の前を通って女子トイレに入っていく。
男がケイタイをたたんだ。
男が女子トイレに入った!
私は女子トイレ前で、Cの「キャ~ッ!」を待った。
2分後!
Cが女子トイレから飛び出してきた。
C『て、て、手がぁ~ッ!』
Cが真っ青な顔をして興奮している。
C『手が出てきました!手が!』
私『落ち着け!どこから手が出てきたンだ?』
C『私の入ったトイレの個室の、仕切りの上から手が出てきました!』
Cは「男が顔を出す」のを待ちきれなかったのである。
怖くて「キャー!」を言わずに飛び出してきたのである。
・男をいぶりだす
手詰まりになった。
男はまだ女子トイレから出てこない。
私は「男の痴漢行為」ではなく「男が女子トイレに潜んでいること」で対処することにした。
証人と応援が要る。
私は警備室から制服警備員を呼び寄せた。
証人には情報をくれたトイレの傍の個人店の女性店長を選んだ。
Cや女性担当者は“店側の人間”だからだ。
我々は女子トイレに入った。
私は個室に向かって大声で言った。
私『失礼します!警備の者です!
お客さんから「男性が女子トイレに入り込んでいる。」との通報がありました!
トイレ内を点検させてもらいます!』
個室の中から男が飛び出してきた。
私『あなただったのですか…。
ここは男子トイレではありませんよ…。何をしていたのですか…。』
男『ク、クソやっ!』
男の出てきた個室のドアは開けっ放しである。
私『どこにも、あなたの“ウンコ”はありませんが…。』
男『流したンや!女子トイレとは知らんだンや!間違ったンや!』
・じわじわと攻める
私は興奮する男を男子トイレに移した。
この状況では住居侵入罪や迷惑防止条例は使えない。
軽犯罪法でやるしかない。
軽犯罪法の場合は男が「住所・氏名を黙秘した場合」でなければ現行犯逮捕はできない。
私は男に住所・氏名を尋ねた。
私『名前と住所を教えてくれる?』
男『〇〇△△や!悪いことをしていないからな…。住所は〇〇〇〇ヤ!』
私『免許証を見せてもらえます?』
男『車の中に置いてきた。持っていない。』
男の言った住所・氏名はウソだろう。
しかし、「男が住所・氏名を明らかにしている」のだから軽犯罪法での現行犯逮捕ができない。
それでも、何とかして男を保安室まで連れて行かなければならない。
保安室に入れてしまえばこちらものだ。
男に本当の住所・氏名を言わせることができる。
そうすれば、男は二度とこんなことはやらないだろう。
私は男にプレッシャーをかけた。
私『静かな所でアンタの言い分を聞くから、保安室へ来てもらいたいンやが。』
男『悪いことをしていないのに、なんでそんな所へ行かなければならンのや!』
私『女子トイレに入り込むことは犯罪なンだけどなぁ…。』
男『だから、間違っただけと言っとるやないか!』
私『アンタ、1時間も電話をしてたやないか?』
男『それはやなぁ!』
私『分かった、分かった。
アンタが保安室へ来たくないなら、ここへ警察官を呼ぶことになるゾ。
警察官にアンタから説明したらエエ。こっちも手間が省ける。
しかし…、警察官が来たら“ホコリ”が出るのと違うの?』
これで男は保安室への同行を承知した。
“ホコリ”という言葉が効いたのだろう。
・保安室で
保安室で、男は本当の住所・氏名・電話番号を明かした。
しかし、それを免許証等で確認することはできない。
私は男の同意を得て男の家に電話した。
母親らしき女性が出た。
私『すいませ~ン!△△さんのお宅ですか?息子さんの〇〇さんはいませんか?』
母『ちょっと、出かけています。○店へ行くと言っていましたが…。』
母親はこの店の名前を言った。
・この状況では警察官を呼んでも事件にしないだろう。
・男の住所・氏名もウソではないだろう。
・こんな“タマ”なら、独りで帰しても家出や自殺はしないだろう。
・老いた母親に“息子のできの悪さ”を見せつけるのも酷だろう。
私は男に一筆書かせて帰らせた。
・熟女の怒り
私は報告書を事務所へ持って行った。
あの女性担当者が私に言った。
担『山河さん!「私に魅力がない」と心の中で笑っているでしょう!』
私『そんなことはないですよ。私にとって憧れの女性ですから。』
担『絶対に仕返しをしてやるから、覚えていらっしゃい!』
その後、この女性担当者は地方店の店長を経て大きな店の店長になった。
私は“彼女の仕返し”を楽しみにしていたのだが…。
つづく