SPnet私服保安入門


        
b.欲求不満解消クレーマー

 




イ.欲求不満解消クレーマーの目的


店にとって“金品目的レーマー”は楽である。

最後には金品で簡単に解決でき、二度目がないからである。

しかし、“欲求不満クレーマー”に終わりはない。

何度でもやって来て、グタグタ文句をつけてくる。

それに担当者が毎回付き合わされる。


店の迷惑は、「担当者の仕事がストップされる」ことだけではない。

大声で文句を言うクレーマーとひたすら頭を下げ続ける担当者。

一般客は「なんのな?何があったの?」と、けげんな顔して通りすぎていく。

こんな状態は一般客に不快感を与えることになる。


担当者が「静かな所でお話しをうかがいますから…。」と、クレーマーを応接室へ誘っても彼らは絶対に応じない。

彼らの目的は、「店の者に皆の前で頭を下げさせる」ことだからだ。


町の中で通行人にぶつかり、相手にグタグタ言っても放っておかれる。

相手が悪いと、逆に締め上げられてしまう。

家で奥さんにグタグタ言えば、奥さんはさっさと出ていってしまう。

彼らにとって、店は自分の欲求不満をぶつけるのに最適の場所なのだ。


“ネタ”はいろいろ転がっている。

店は「お客様第一」だから、何時間でも不満を聞いてくれる。

「皆の前で他人に頭を下げさせる」のは気持ちがよい。

頭を下げる者の役職が上であればあるほど気持ちがよい。


ストレスの多い社会である。

日頃のストレスを「金をかけないで充分に発散させる」ことができるのがショッピングセンターなのだ。


ロ.私服保安の役割


私服保安の役割は“金銭目的クレーマー”の場合とは異なる。


・まず、欲求不満クレーマーに心理的圧迫をかけてはいけない。

「火に油を注ぐ」ことになるからだ。


私服保安の役割は、

「担当者をボディガードすること」と「違法行為があった場合に対処すること」である。

金銭目的クレーマーが担当者に掴みかかったり商品を蹴飛ばしたりすることは少ない。

そんなことをすれば警察扱いになり、目的を達することができないことを充分承知しているからである。

金銭目的クレーマーは冷静である。怒っているように演技しているだけである。


しかし、欲求不満クレーマーは感情的になることが少なくない。

自己の欲求不満がクレームをつけることで解消しなければ、他にそれをぶつけて解消しようとするからである。


私服保安の仕事は「店と従業員の安心・安全を守る」ことである。

担当者に危害が加わらないように、他の客が不快にならないように欲求不満クレーマーに対処しなければならない。


・私服保安はクレーマーから見える位置に立ってはいけない。

担当者からは見える方がよい。担当者が安心するからだ。

さらに、何かあったときにはクレーマーを制止することができなければならない。

通常、クレーマーに近い斜め後ろに位置することになる。


“欲求不満クレーマー”の実例を二つ紹介する。

その“駄々っ子ぶり”が分かるだろう。


・事例69.『ア・ン・タ!ハ・ケ・ン?』


・レジ清算


店では終業時間が近づくにつれ稼働レジを減らしていく。

稼働を止めたレジでは、レジ係が売上金を袋に詰めて事務所の金庫に持っていく。

これを護るのも私服保安の仕事である。


レジ係はレジを開け、明細が記録された用紙を取り出す。

明細とレジに入っている金額を照らし合わせて、専用の袋に現金を入れる。

この間が最も危ない。

特に、食品レジはレジの数が多いし売上金額も多い。

これを強盗が狙う可能性は充分にある。


強盗にレジを襲われた場合、店の損害は「売上金を盗られた」だけでは収まらない。

居合わせた一般客が巻き込まれることもある。

「強盗事件があったこと」も報道される。

そうなったら「安心・安全」のイメージが低下してしまう。


私の担当店の店長は危機意識が高かった。

私は店長から「終業1時間前からは食品レジを警戒せよ。」と命じられていた。


・レジ係と親しげにペチャクチャする男


その日も私は食品レジ列が一望できる場所で、常駐警備員とレジ警戒をしていた。

三カ所のレジが稼働を止め、現金計算が行われていた。


三つの中の一つのレジで、若いアルバイト女性が現金計算をしていた。

そこへ25歳くらいの若い男がやって来て彼女に話しかけた。

女性は男とペチャクチャ話ながら札束を数えている。

二人は付き合っているらしい。

以前にも何度かこの光景を見たことがある。


食品レジは数が多いので、特別のレジマネージャー(mgr)がいる。

このレジmgrも二人の日頃のペチャクチャを知っている。

しかし、まったく注意をしない。

今まで私は“そのレジ女性と男”に直接注意をすることを控えてきた。

レジmgrの頭を越すことになるからだ。


しかし、今日もレジmgrは見て見ぬふりをしている。

私は近くにいる常駐警備員に言った。


私『あれはマズイよなぁ…。』

警『いつもやっているからねぇ…。レジmgrはレジ係に何も言わないンだろうか?』

私『二人をチラチラ見ているじゃない。注意したくても注意する勇気がないンだろう…。』

警『いまの若い子はちょっと注意しただけで辞めてしまうものねぇ…。』

私『しかし、あの二人を他のお客さんが見たら不快になるだろうネ…。』

警『まず総務課長に相談してみたら…。相談なしに注意したら問題だからねぇ…。』

私『それもそうだなぁ…。』


・しかし、私はだんだん腹が立ってきた。


「頭と体が別々に動く」のが私の欠点だ。


私は二人に近づいて、その男に言った。

私『お客さん、すいません。いま“現金計算”をやっています。
    それが済むまでレジから離れていただけませんか?』


この言葉に男が腹を立てた。

女性との楽しい語らいを邪魔されたからか、
付き合っている女性の前でカッコいいところを見せたいからか。


男は私に食ってかかってきた。

男『なんや!その言い方は!俺は客だぞ!お前は、客の俺に指図するのか!

なんと、“レジで現金計算をしているアルバイト女性”も私に食ってかかってきた。

女『そうよ!この人はお客さんじゃない!お客さんに向かってなんてことを言うの!』

男が男なら付き合っている女も女である。


男は彼女の応援で調子に乗った。

私と男が少し言い争いになる。

レジmgrが飛んでくる。

男はレジmgrに言った。

男『こんなヤツでは話にならん!責任者を呼べ!


私はレジmgrを制した。

私『責任者なんか呼ぶ必要はない。ここは私が解決する。』

しかし、レジmgrはすぐに総務課長に連絡してしまった。


男はこれを見てますます調子に乗った。

男はサッカー台に脚を組んで座り、レジ女性に向かってこう言う。

男『おもしろくなってきた。ドンドン上の者を呼べ!店長にも謝らせてやる!

レジ女性は男を頼もしそうに見ている。


私が店の看板を背負っていなければ、こんな小僧なんか調子に乗らせない。

ちょっと引っ張り回せばすぐに泣き出すだろう。

しかし、勤務中にそんなことはできない。

私は腹立たしさを我慢した。


・「上を呼べ」言われて「上」を呼んではいけない


クレーマーが「上の者を呼べ!」と言っても、素直に“上の者”を呼んではならない。

それで相手を付け上がらせてしまうからだ。


また、“上の者”は何らかの解決ができるので、何らかの解決をしなければならない。

最後の店長を出したら負けである。

店の最高責任者を出したら、“それなりの解決”を“その場で”しなければならなくなる。


「あいにく上の者が不在でして…。」と逃げて、「話を上に持っていくこと」を防がなければならない。

できるだけ自分のところでくい止めなければならない。

話が収まらない場合は、「上の者に伝えておきますから…。」と解決を先送りにしなければならない。

解決を先送りにすれば、ゆっくりと対策を立てることができる。

これが部下の務めである。

しかし、気弱なレジmgrはすぐに“上の者”を呼んでしまった。


総務課長がやって来た。

男は言いたい放題。

総務課長は頭を下げ続ける。

私は男を睨みつける。


男は私の態度が気に入らない。

男が私に言う。

男『お前はなンなンだ!客に失礼な態度を取って全然反省していないな!
    お前は警備員だろう?この店の社員じゃないだろう?
    それとも、パートやアルバイトか?もしかしたら、ハ・ケ・ン?


私は自営業が長かったので、「パート,アルバイト,派遣」を同じようなものだと思っていた。

しかし、男の言葉を聞いて「若者の職業意識に“正社員・パート・アルバイト・派遣”という序列がある」ことを知らされた。

この男はこの職業序列に欲求不満を感じていたのかもしれない。


総務課長が私を男から引き離して、私に言った。

総『山河さん…。気持ちは分かるけどあの男に頭を下げてよ。
    形だけでいいから…。それで収まるから…。』

総務課長の頼みを断るわけにはいかない。
話がややこしくなって、店長を出さなければならないことになったら厄介だ。

私は男に「言いすぎたこと」を謝った。


男は「俺に文句を言うのは百年早いンだ!たかが警備員が!」という表情をして引き上げて行った。

レジ女性はハートの目をして男を見送った。


・女性レジ係への厳重注意


翌日、総務課長はこのレジ女性を事務所に呼んだ。

そして女性に言った。

総『今後あんなことがあったら辞めてもらいます。』

それ以来、男とレジ女性の“語らい”は見かけなくなった。


私が私服保安在職中に頭を下げたのは、これが最初で最後である。

あのときに私の腹立ちはまだ収まっていない。

そして、もう私は「店の看板」を背負っていないのだが…。


つづく

 





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