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・警備員の教育用ビデオで「他人の私有地に逃げ込んだ犯人が、それを追ってきた警備員にアッカンペェ~をしていること」について。
これは、現行犯逮捕と犯人の捜索(刑訴法220条)の問題。
本書では「私人が犯人を現行犯逮捕する場合、犯人を見失っていなければ他人の私有地に入っても構わない。」と説明している。
私もその教育用ビデオを観たことがある。
ビデオでは警備員が犯人を追っていて犯人が工場の敷地に入り、その敷地に入れない警備員に「アッカンペェ~」をしていた。
a.警備員指導教育責任者講習教本の記述。
①.(刑訴法220条1項1号の規定からみれば)、一般私人は現行犯人を逮捕することはできるが、
現行犯人を逮捕するために人の住居等へ立ち入ることはできないと解すべきである。
②.一般私人の場合は、現認した現行犯人を逮捕のため追跡中、犯人が他人の住居に逃げ込んだ場合には、
その逃げ込んだ住居権者の承諾を得たときに限りその住居内に立ち入って逮捕することができるにとどまる。
真に現行犯人逮捕の目的であっても、承諾なく勝手に他人の住居に侵入するときは、その行為が住居侵入罪を構成することがある。
③.裁判所も「何人でも現行犯を逮捕し得るが、
司法警察院・検察官・検察事務官等でない通常人は、逮捕することを義務づけられていないし、
また、通常人は逮捕するため住居に侵入することは許されない。」旨判示している。』
※警備員指導教育責任者講習教本1-77頁(平成17年2月15日発行六訂初版・全国警備業協会編集発行)
※機械警備業務管理者講習教本64頁(平成19年11月17日全国警備業協会編集発行・2版2刷)も同じことが書いてある。
b.上記記述への疑問
・①について-異論なし
・②について-学説は「立ち入ることができる」。
注釈刑事訴訟法第二巻・立花書房・昭和54年1月20日発行初版4刷・203頁・伊藤栄樹執筆部分「被疑者の捜索(刑訴法220条1項1号)」
『本号による捜索は、被疑者を発見するための処分である。
したがって、いまさら被疑者の発見を必要としない場合、すなわち、被疑者の追跡が継続されているときは、
被疑者を追って人の住居・建造物等に立ち入ったとしても、それは逮捕行為そのものであって、捜索ではない。
そのような行為については、本号の適用がなく、また捜索に関する各種の制限も適用されない(伊藤・実際問題78)。
追跡者がいったん被疑者を見失った後においては、本号によらなければならない。』
つまり、刑訴法220条1項1号の“捜索”とは「犯人を捜す」ことであり、「犯人を見失っておらず、犯人を捜す必要がない場合」は“捜索”に該らない。
そして、「見失っていない犯人を人の住居に入って逮捕する」ことは刑訴法220条1項1号の対象外となる。
結局、「犯人を見失っていなければ人の住居等に入っても現行犯逮捕権の行使(正当行為・法令行為)として住居侵入罪が成立しないことになる。
警備業協会教本の記述は「誰がどの書物でした記述を参考にしたのか」の出典が示されていないのでそれを、検証することができない。
・③について-「犯人の追跡中に犯人が他人の住居に逃げ込んだ場合」ではない。
教本にはどの裁判例なのか記述がない。それではまったく検証ができない。
多分、多数の法律書に上げられている「名高判昭和26.3.2集4-2-148」だろう。
※刑事訴訟法(改訂版)現代法律学全集28・高田卓爾著・青林書院新社・323頁
『捜査機関以外の私人が現行犯逮捕のために他人の住居に入ることは許されない。(名高判昭和26.3.2集4-2-148)』
※注釈刑法3-各則1・有斐閣・昭和50年10月30日発行初版第10刷・240頁・福田平執筆部分
『(住居侵入罪の)「故えなく」というのは…違法性の原則を表現したものであるから、
正当防衛・緊急避難・自救行為等の違法性阻却事由が存在する場合には、正当の事由があったということになろう.…
通常人が現行犯逮捕の目的で承諾をえずに他人の住居に侵入した場合(名高判昭和26.3.2集4-2-148)…などは、いずれも侵入行為の違法性は阻却されない。』
しかし、この裁判例の事案は、
違法なもてなしが行われている料亭に、もてなしをしている者(県知事)を一般私人が現行犯逮捕するために料亭に押し入ったもの。
「私人が現行犯逮捕するときに住居所有者の許諾を得ずに住居に立ち入った場合に住居侵入罪が成立するか」が争われたもので、
「追跡されている犯人が他人の住居に逃げ込んだので、住居所有者の許諾なしに住居に立ち入って犯人を現行犯逮捕した場合」ではない。
教本は
まず、「一般私人の場合は、現認した現行犯人を逮捕のため追跡中、犯人が他人の住居に逃げ込んだ場合には、
承諾なく勝手に他人の住居に侵入するときは、その行為が住居侵入罪を構成することがある。」と述べ、
次に「裁判所も……通常人は逮捕するため住居に侵入することは許されない旨判事している。」としている。
これを読めば「現行犯人を逮捕のため追跡中、犯人が他人の住居に逃げ込んだ場合に、承諾なく勝手に他人の住居に侵入するときは、その行為が住居侵入罪が成立する」
という裁判例があるように読めてしまう。
これは、裁判例の事案をしっかり検討せず、法律書の文言をそのまま勝手に結びつけたもので、法解釈論を無視した短絡的な記述と言えよう。
あの「アッカンベェ~ビデオ」で何人の警備員が教育されただろうか?
※参考-名高判昭和26.3.2集4-2-148) より抜粋
原判決挙示の証拠によれば、
被告人等がG知事等の政令違反の現行犯を逮捕するための目的で原判示H館に侵入したこと
並に被告人等が現行犯逮捕のためならば、何人も他人の住居その他建造物に侵入するも、違法でないと信じていたことを認むることはできない。
被告人等は、
G知事等が大学設置問題に関し文部省関係係官を招致し饗応していることを聞き、
これは政令違反(飲食営業緊急措置令違反)であるとしこれが摘発であると主張して、
右H館に乗り込みG知事等にいやがらせを為して、政治的効果をねらつたもので、
真に現行犯逮捕以外に他に何等の意思もなかつたとは認められない。
これと同趣旨の認定をした原判決には、判決に影響すること明らかな事実誤認はない。
然し原判決は通常人が現行犯逮捕する場合でも、他人の住居に侵入し得るように解しているが、これは誤りであり、
控訴趣意も同様の誤りをおかしているから、この点について説明する。
現行犯人は、何人でも、逮捕状なくして、これを逮捕することができるものであることは、刑事訴訟法第213条に規定するところであるが、
司法警察職員、検察官及び検察事務官でない通常人は、現行犯人を認めても逮捕することを義務づけられてはいないから、
一旦逮捕にとりかかつても中途からこれをやめることもできるわけである。
然し右の通常人は現行犯逮捕のため、他人の住居に侵入することは認められていない。
このことは、刑事訴訟法第220条によつても、明らかである。
即ち、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、
現行犯人を逮捕する場合には人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすることができる旨を規定しているところから見れば、
通常人に対しては右の行為をすることは禁止せられているものと解すべきものである。
われわれの住居は侵すことができないもので、これを侵しても違法でないとするためには、憲法並に刑事訴訟法に規定してある場合でなければならない。
通常人が現行犯人を逮捕し得ることは、憲法並に刑事訴訟法でもこれを認めているが、
この逮捕のため、他人の住居に侵入し得る旨を規定した法律は存しない。
従つて通常人は、屋外若しくは自宅で現行犯を逮捕するか又は住居権者等の承諾ある場合に限り、佳居内で現行犯人を逮捕し得るのである。
若し論旨の如く、
通常人でも現行犯人逮捕のためならば、自由に他人の住居に侵入し得るとするならば、われわれの住居は一日も平穏であることはできない。
従つて真に現行犯人逮捕の目的であつても、承諾なくして、他人の住居に侵入するときは、住居侵入罪が成立するものと解すべきものである。
而して住居とは、一戸の建物のみを指すのではなく、
族館料理屋の一室と雖これを借り受けて使用したり、又は宿泊したり飲食している間は、そのお客の居住する住居と認むべきもので、
本件においては、原判示H館の奥座敷に岐阜県知事Gその他が居て宴席を設けていたのであるから、刑法上、同人等の住居と云うことができる。
被告人等が現行犯人逮捕と主張して、右奥座敷にG知事の招きによらず、無断で入り込んだのであるから、住居侵入罪が成立する。
従つてこの点について論旨は理由がないが、
原判決も前記のように現行犯人逮捕のためならば、住居に侵入し得る旨解し、その旨判示したのは、違法で此の点において、原判決は破棄を免れない。
c.この「アッカンベェ~ビデオ」の犯人を捕まえることができるかどうかは最終的には最高裁で決まる
学説や裁判例は、それが実際に裁判で問題とならなければ争われたり論じられたりすることはない。
「犯人を見失っていない場合に人の住居に入って犯人を現行犯逮捕することが
刑訴法220条の“捜索”に該るのか、現行犯逮捕の逮捕行為に該るのか」について実際に争われたことがないようだ。
もし、それが争われた場合、通説や下級審・最高裁が上記注釈刑事訴訟法にあるように「“捜索”に該らずに“逮捕行為”に該る」と解釈するかどうかは分からない。。
だから、「見失っていない犯人を人の住居に入って現行犯逮捕することが住居侵入罪になる可能性はある。」
つまり、「警備業協会の教本の記述」が間違いだとは断言できない。
警備員はその業務を行う場合、他人の権利を侵害することのないようにしなければならない。
この点から警備員指導教育責任者教本は「できるだけ警備員の行為を制限する」ように書いたとも推測できる。
しかし、その記述が短絡的であることは否定できない。
しかも、、あの「アッカンベェ~ビデオ」。
つづく。
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