選任のための法律知識
警備員には20時間の新任教育と10時間/年の現任教育が義務づけられている。
この中に法律に関する教育も含まれている。
警備会社では各営業所に警備員教育を計画・管理する指導教育責任者が置かれている。
この指導教育責任者が「法律を勉強した者」とは限らない。
資格講習で指導教育責任者を指導する者もそうであろう。
現場で働く警備員の法律知識は充分ではない。
警備員は常に犯罪と向き合っている。
法律は「社会を犯罪から守るためのもの」であるが、「国家権力から個人を守るためのもの」でもある。
警察の行き過ぎや権力の濫用から個人を守ってくれるのは法律である。
警備員、特に私服保安はしっかりとした法律知識を持て、犯罪者の権利を侵害しないようにしなければならない。
ここでは、私服保安や警備員が知っておかなければならない最低限の法律知識を説明する。
法律をやったことのない者には読むのが苦痛であると思うが、できるだけやさしくおもしろおかしく書いたので頑張って読んでいただきたい。
選任諸氏の警備員教育の参考になれば幸いである。
なお、素人にも分かるように法律論や学説を部分的に誇張したり曲げたりして書いてある。
また、学説や判例が変わっているかも知れないし、私の理解が間違っているかも知れない。
あくまでも「一般人が一般人に説明する法律知識」であり「法律書のように正確ではない」ことをご了承ねがいたい。
ここでの説明は「法律論の表面をなぞっただけ」であることにも注意してもらいたい。
法律の浅い知識や理解だけで行動することは危険である。
さらに、現場には現場の法律がある。
疑問や問題が生じたら、現場の法律家である警察官に相談するのがよいだろう。
★店内犯罪に対する法律知識は「店長のための保安のイ・ロ・ハ」に書いてあります。そちらも参考にしてください。 → こちら
第1講.基本的人権の保障と刑法・刑事訴訟法の定め
指導教育責任者資格講習で基本的人権について説明される。
「生来的に与えられたもの」・「永久不可侵」という言葉だけが頭に残っているだろう。
しかし、どの講師も「基本的人権を小学生でも理解できるように」説明できない。それは講師自身が基本的人権とは何かを分かっていないからだ。
憲法の基本的人権の31条から罪刑法定主義とそれを担保する刑事訴訟法。憲法33条から刑訴法199条・210条・213条の通常逮捕・緊急逮捕・現行犯逮捕。
憲法35条1項から刑訴法218条1項の「令状による捜索・差押・検証・身体検査」と刑訴法218条2項・220条の例外。
憲法38条から刑訴法198条・146条・319条の「任意取り調べ・被疑者の黙秘権」・「証言拒絶権」・「自白の証拠能力」。
このように、刑法・刑事訴訟法は憲法の保障する基本的人権を護るための手段をいろいろ定めている。
これらをからめて説明すれば「憲法の基本的人権の保障」をより深く説明できる。
・基本的人権とは何か
・憲法13条「基本的人権の制限」の理由とその方法
-憲法・刑法・刑訴法による基本的人権の制限-
・憲法31条「法定手続の保障」と罪刑法定主義、それを担保する刑事訴訟法
・憲法33条「逮捕に関する保障」と刑訴法199条「通常逮捕」,刑訴法210条「緊急逮捕」,刑訴法213条「現行犯逮捕」
・憲法35条1項「「住居侵入・捜索・押収に対する保障」と刑訴法218条1項「令状による捜索・差押・検証・身体検査」とその例外・刑訴法218条2項・刑訴法220条
・憲法38条「不利益な供述の強要禁止」
・憲法38条と刑訴法198条「任意取調べ・被疑者の黙秘権」
・憲法38条と刑訴法146条「証言拒絶権」
・憲法38条と刑訴法319条「自白の証拠能力」・補強証拠の程度
・「疑わしきは被告人の利益による」という不文律
第2講.その行為が犯罪とならない場合-故意・過失,心神喪失,刑事責任能力,可罰的違法性能
刑法に定める構成要件に該る行為であれば、そのすべてのものが犯罪となるわけではない。
その行為をすることが「正当な場合や仕方のなかった場合」には犯罪とならない。
また、その行為をした者に刑罰を与えては酷な場合もある。
ここでは、「このような行為は犯罪になりませんよ「
「行為者がこのような状態だったら犯罪になりませんよ」
という部分を説明する。
いわゆる違法性阻却事由・責任阻却事由の部分である。
違法性阻却事由とか責任阻却事由という言葉を使うから受講生が「ポカ~ン」としてしまう。
やさしい言葉で説明できないのは説明する方が理解していないからである。
今回は、故意,過失,未必の故意,心神喪失,刑事未成年者,可罰的違法性能について説明する。
・構成要件に当てはまらなければ犯罪にならない-構成要件の解釈
・故意がない場合は犯罪とならない(刑法38条)-普通の故意・過失・未必の故意
・心身心神喪失は犯罪とならない(刑法39条)
・刑事責任能力がなければ犯罪とならない(刑法41条)
・可罰的違法性能がなければ犯罪とならない
前回に引き続き、構成要件に該っても犯罪とならない場合である。
今回は正当行為(刑法35条)と正当防衛(刑法36条)の説明。
まず、受講生に質問しよう。
「相手が殴りかかってきた、相手のパンチが顔面に当たった。あなたは逃げる相手を捕まえて組み伏せた。正当防衛は成立するか?」
「帰宅したら、ヨボヨボの80歳くらいの老人空き巣が家の中にいた。あなたは日本刀を抜いてこの老人を斬った。過剰防衛が成立するか?」
前者では正当防衛が成立しないので逮捕罪が成立。
後者は「盗犯等の防止及処分に関する法律」(昭和5年)によって過剰防衛とならないのでおとがめなし。
この質問で受講生に興味を持たせて正当防衛の要件を説明していくと良い。
私服保安にとっては現行犯逮捕の条文の理解が必要だが、一般の警備員には正当防衛の条文の理解が必要である。
その前に、、警備員を教育する選任がしっかりと理解していなければならない。
・正当行為(刑法35条)
・正当防衛(刑法36条1項)
・不正の侵害-幼児や泥酔者に対して正当防衛ができるか?
・窮迫-相手のパンチが当たったら正当防衛はできない。
・自己又は他人の権利-権利とは
・防衛するため-侵害者に向けられた防衛行為だけOK
・やむをえない行為の程度
・正当防衛の濫用
・過剰防衛(刑法36条2項)
・正当防衛・過剰防衛に対する特例-家の中に入ってきた泥棒を日本刀で切り殺しても構わない?
第4講.緊急避難,自救行為,誤想防衛
資格取得講習では正当防衛の次に必ず緊急避難が説明される。
しかし、これがまったく面白くない。
緊急避難が問題となることなど現実にあまり起こらないので、教える方も教えられる方も興味が湧かないからだ。
もちろん、緊急避難と正当防衛の要件の違い、民事責任について選任自身はしっかりと理解しておかなければならないが、
教育では「正当防衛より条件のキツイ緊急避難というものがあるヨ」と流しておけばよい。
それよりも、法律にはないが学説・判例で認められている自救行為に時間をさいた方がよい。
また、誤想防衛・誤想正当行為・誤想自救行為もおもしろい。
警備員が万引きをしそうな者に「万引きしたらアカンぞ!」と言っても、万引き犯人を誤認逮捕しても刑事上の責任は問われない。
これも受講生の興味を引くことだろう。
もちろん、それは「その警備員のしたことが犯罪にならない」というだけのことで、絶対にやってはいけないことである。
警備員は店の信用と評判を背負っていることをしっかりと教え込まなければならない。
・緊急避難(刑法37条)と正当防衛の要件の違い
・正当防衛・緊急避難が成立する場合の民事責任
・自救行為と成立要件
・誤想正当行為,誤想防衛,誤想自救行為
・誤認逮捕と誤想正当行為
第5講.窃盗罪 -万引きの既遂時期と「店外10m」-
万引きに対処する私服保安にとって窃盗罪の理解は不可欠である。
特に、「店外10m原則」で、窃盗罪の開始時期・完成時期が間違って解釈されている。
これを間違うと現行犯逮捕が違法逮捕となる危険がある。
今回は、「万引き行為の開始時期と完成時期」と「なぜ、店外10mで声かけするか?」、
そして、「商品置き去りについて何ができるのか?」を「未遂犯と中止犯」の点から説明する。
・万引き行為の着手時期-住居侵入窃盗と万引きとの違い
・万引き行為の既遂時期-「店外10m」ではない
・「店外10m」は「窃盗故意」を証明するための事実
・未遂犯と中止犯の違い
・商品を置き去りにしていく者に対して何ができるのか
第6講.強盗罪,強盗致死傷罪 -強盗のときに誰かが死んだら無期懲役か死刑・恐怖の結果的加重犯
犯罪が成立するためには、
その結果の発生を予想して行為すること。または結果発生を予想してはいないが発生してもかまわない」と思って行為することが必要である。
さらに、その場合でも、行為と結果の間に「もっともだと言えるつながり(社会通念上認められる因果関係)」がなければならない。
たとえは、Aが電線にとまっているカラスに当てようと石を投げたら、それが外れて通行人Bに当たってケガをさせた。
Aは「Bがケガをするという結果発生」をまったく予想していなかったので、Aの「石を投げた行為」は傷害罪とはならい。(過失犯は問題となる)
一方、Aが通行人のBに当てようと石を投げたら、それが外れて上空を飛んでいるカラスに当たり、そのカラスが落ちてきてBに当たってBがケガをした。
この場合、Aは「Bがケガをするという結果発生」を予想していたが、
Aの「石を投げた行為」と「Bがケガをしたという結果」の間に「もっともだと言えるつながり」がないので、
Aがその結果を発生させたとは言えず、傷害罪の未遂(暴行罪)になる。
しかし、結果発生をまったく予想していなくても、結果が発生しただけで犯罪が成立し、
しかも、行為と発生した結果とのつながりがきわめて弱い場合にも成立する犯罪がある。(結果的加重犯)
強盗致死傷罪(刑法240条)がこれで、強盗をしたときに誰かが何らかの理由でケガをしたり死んだりしたら、それだけでこの犯罪が成立する。
致死傷の結果は暴行・脅迫に他の原因が加わってもよいし、強盗の被害者でなくてもよい。
しかも、死んだ場合の法定刑は「無期懲役か死刑」
次回に説明するが、万引き犯人が捕まるときに抵抗したら強盗罪になる(事後強盗)。
この場合、誰かがケガをしたら強盗致傷罪、誰かが死んだら強盗致死罪で無期懲役が死刑。
万引き犯人と私服保安は「強盗致死傷罪」をしっかりと理解しておかなければならない。
私服保安を教育する選任も同じである。
・強盗罪の成立要件-「暴行・脅迫」の程度、それを手段とする目的
・強盗致死傷罪(刑法240条)
★結果的加重犯-発生した結果に対して故意も過失も不要。その結果が発生しただけで成立。
★強盗犯人の行為(暴行・脅迫)と結果(致死傷)のつながり-判例はとてつもなくゆるい
・強盗が失敗しても誰かがケガをしたり死んだりしたら強盗致傷罪
第7講.事後強盗罪-万引きをして死刑になる場合がある
き犯人に声かけすると、年寄りとヒールを履いた女性以外まず逃げる。
必死に逃げる。転倒してもすぐに起き上がり、足より頭を先にして逃げる。
同行中も隙があれば逃げる。「トイレに行きたい」といって逃げる。
逃げきれば警察に引き渡されることはないし、逃げただけで万引きが重い罪になるわけではない。
しかし、逃げる途中でジャマになる一般客を突き飛ばせば、その時点で万引きが強盗罪(事後強盗罪)となってしまう。
万引きは窃盗罪で10年以下の懲役(1カ月~10年)か50万円以下の罰金だが、強盗罪になると5年以上の有期機懲役(5年~20年の懲役)で罰金刑はない。
それだけではない。
強盗罪になれば、あの「恐怖の強盗致死傷罪」が出番を待っている。
逃げる途中でジャマになる一般客を突き飛ばしたら、その客がケガをした。
ケガをした客が病院に救急車で搬送されたが、途中で救急車が事故を起こしてその客が死んでしまった。
または、搬送された病院の医療過誤でその客が死んでしまった。
そんな場合は、強盗致死罪が成立してその刑罰は「無期懲役か死刑」。
これは、声かけした私服保安に抵抗した場合も同じである。
万引きは初犯なら警察で叱られて終わり。二犯目なら罰金。三犯目も罰金。四犯目でようやく起訴。
よほどの常習でない限り刑務所に行かなければならないことはない。
しかし、抵抗したり逃げたりするときに誰かに怪我をさせると人生を棒に振ってしまう。
私服保安に声かけされたらすなおに捕まることをお勧めする。
★事後強盗罪の要件-目的,暴行・脅迫の相手・程度・場所時間,未遂と既遂,刑罰
★万引きが事後強盗となる具体例と故意の立証-やはり「店外10m」
・一生を棒に振るのがいやなら、私服保安に声かけされたらすなおに捕まりましょう。
第8講.現行犯逮捕の要件-現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある
私服保安にとって現行犯逮捕は日常業務であるが、一般の警備員には無縁のことだろう。
これを読んでいる選任の中にも「現行犯逮捕なんかしたことがない」という方もいるだろう。
しかし、一般警備員にも「法律がどんなときに現行犯逮捕を認めているか」を知っていることは必要である。
そうでないと、違法逮捕という犯罪を行ってしまうからである。
私が他の私服保安警備会社の選任に
『万引き犯人が盗ってから1時間して店外した場合、売場から300m離れた場合は現行犯逮捕できないよ。』と言うと、
彼らは『そんな馬鹿なことがあるか!』と反論する。
1号指導教育責任者資格取得講習で講師が『だれか現行犯逮捕ができる場合を言えますか?』。
私が『それが犯罪に該ることがハッキリと分かること、その者が犯人だとハッキリ分かる場合で、犯行から1時間以内・300m以内です。』と答える。
講師はポカ~ンとして、その後の講義でも距離制限・時間制限の説明はない。
警備員教育に関わる者はもっとしっかりと教えなければならない。
それには、もっと疑問を持つこと、その疑問を解決するためにもっと努力することが必要である。
指導教育責任者講習や検定講習の教科書を読んでいるだけではおもしろくないだけでなく、不充分だと心するべきである。
★現行犯逮捕の要件-それが犯罪だとハッキリ分かること・その者が犯人だとハッキリ分かること。
★現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある-犯行から1時間以内・犯行現場から300m以内、
・逮捕者が見ていなくても周囲の状況から現行犯逮捕の要件が揃っていることが分かれば現行犯逮捕できる。
第9講.準現行犯逮捕-犯人の犯行を見ていない者が捕まえる場合
現行犯逮捕に続いて説明されるのが準現行犯逮捕。
簡単に言えば、
・犯人の犯行を直接見た者が捕まえるのが現行犯逮捕。
・犯人の犯行を見ていない者が捕まえるのが準現行犯逮捕。
準現行犯逮捕では犯人の犯行を見ていないので誤認逮捕の危険があるので、厳しい条件をつけた。その条件は。
・四つの場合のどれかに当てはまる者であること。
・犯罪が終わっていること。
・犯罪が終わって間がないこと。
・周囲の状況から、それらがハッキリと分かること。
しかし、これを理解させることは簡単ではない。
現行犯逮捕が日常業務である私服保安も準現行犯逮捕などしたことがないから、準現行犯逮捕の要件を具体的事例とリンクさせることができない。
ましてや一般警備員は現行犯逮捕もしたことがないのだから、何のことやら分からない。
結局、言葉だけが受講生の頭の上を漂っている。
警備員教育では準現行犯を外した方がよい。
『現行犯逮捕に似たものに準現行犯逮捕というものがあるんだ。。
犯人の犯行を見た者が捕まえるのが現行犯逮捕。犯人の犯行を見ていない者が捕まえるのが準現行犯逮捕。
準現行犯逮捕では「犯人の犯行を見ていない」ので誤認逮捕の可能性が高い。だからいろいろと条件がつけられている。
まあ、そういうものがあるということだけ知っていればいい。』と軽く流した方がよい。
もちろん、選任さんは「そのいろいろな条件件」をしっかりと理解していなければならない。
受講生に「どんな条件がつくのですか?」と質問されたときに『そんなことは知らなくても警備員は勤まる。俺のように』と答えなければならなくなるからだ。
★準現行犯逮捕の要件①-四つの場合に当てはまる者を逮捕する場合であること
・準現行犯逮捕の要件②-犯罪が終わって間がないと明らかに認められること
★犯罪が終わっていること-「犯罪を開始した場合」を外した理由
★犯罪が終わって間がないこと-時間制限は数時間。現行犯逮捕の1時間よりゆるい
・周囲の状況からそれらがハッキリと分かること
第10講.現行犯逮捕でできること
私服保安になりたてのころ、指導女性私服保安(いわゆるウーマン)に言われたことがある。
『犯人に声かけするときに、絶対に相手の体に触れてはいけない』
私はそれが不思議でならなかった。現行犯逮捕するのだから体に触れても良いはずである。
私が『なぜ触れてはいけないのですか?』と質問すると、『そんなことでは悪徳私服保安にしかなれない!』と叱られた。
私服保安の世界は「鉄則」が師匠から弟子へ代々口伝されてきた。
理由はなんでもよい。それを守っていればよい。
「店外10m」や「犯人の体に触れてはいけない」のもその一つである。
しかし、法律で何をすることが許されていて、何をすることが許されていないかを知っておくことは必要である。
現行犯逮捕でば、犯人の体に触れても構わない。
犯人が抵抗したら組み伏せても構わない。
現行犯逮捕の逮捕とは「相手の身体を直接拘束すること、その後、拘束を短時間継続すること」であり、
その拘束に使う実力行使の程度は「警察官の使う実力行使より強くても構わない」(判例)
ただし、軽い犯罪の場合は氏名・住所が分からないときにしか現行犯逮捕できないし、
現行犯逮捕に「逮捕の必要性があるか」、現行犯逮捕したあと「警察に引き渡さないで釈放してもよいか」に付いては意見が分かれている。
これらのこともしっかりと頭に入れておかなければならない。
★逮捕するとは身体を直接拘束すること、その後、拘束を短時間継続すること
★逮捕するために認められる実力行使の程度
・軽い罪を行った者を現行犯逮捕するときの制限
★現行犯逮捕に逮捕の必要性は必要か?-意見は分かれるが判例は「逮捕の必要性は不要」
★直ちに引き渡すこと-何分までOKか?警察に引き渡さないで釈放してもよいか?
第11講.不作為による作為犯-何もしないのに万引きになる場合
ここから、共犯を少し説明しよう。
共犯とは犯罪を一緒に行った場合、そそのかした場合、助けた場合のことである。
わが国の最高裁は一貫して「共謀共同正犯」という考えを採っている。
これは「犯罪をしようと共謀(計画)したこと」が「犯罪行為に該る」という恐ろしい理論である。
悪ガキ三人が計画した「万引きしようぜ、俺が見張りをする。お前が盗れ、そしてお前がそれを受け取って逃げろ。』
実際に万引きしたのは一人だが、三人とも万引きをしたことになる。
この理論を理解するために共犯の知識が必要なのである。
今回はまず、「何もしないこと」が犯罪になる場合(不作為による作為犯)を考えよう。
私服保安の教育なら「何もしないで万引きをしたことになる場合」を皆で議論してみるとおもしろい。
・用語の説明-正犯・共犯,作為犯・不作為犯,間接正犯,共同正犯,共謀共同正犯,教唆犯・幇助犯
★不作為による作為犯が成立する場合
★考えてみよう「不作為による万引き」
第12講.間接正犯と「子供に万引きをさせる親」
今回は「自分の命令通りに動く人」を使って犯罪を行う間接正犯。
「自分の命令通りに動く人」は道具と同じだから、自分が犯罪行為をやらなくても犯罪行為をしたとみなされる。
この「自分の命令通りに動く人」について、判例は「善悪の判断ができる14歳未満の者」を含めている。
つまり、刑事責任能力がない14歳未満の者に犯罪を行わせれば自分が犯罪を行ったことになる。
よくあるのが、子供に万引きをさせる親。
こんな親にどうやって対処するか?
私服保安なら誰でも直面する問題である。
「間接正犯」や「不作為による窃盗」は立証が難しいから、刑法256条(盗品譲受け等)で処理する方がよいだろう。
それで親の「子供に盗らせた」という自供が得られればラッキーである。
しかし、その自供が得られなくても「母親を保安室に同行した」ことは違法とならない。、
本項は私服保安には必須の法律知識である。
最後に実例をあげておいた。
★どういう場合が間接正犯になるか?
★子供に万引きをやらせる親はどうなるか?
★実例-「私は知らなかった」と言い張る母親
第13講.教唆犯・間接教唆犯
前回は「善悪の判断能力のない者・事情を知らない者」を道具として使って犯罪行為をさせる間接正犯。
これは自分が犯罪行為をしたとみなされる。(正犯になる)
今回は「善悪の判断能力のある者・事情を知っている者」をそそのかして犯罪行為をさせる場合。
こちらは、教唆犯として「自分が犯罪行為をしたことにはならない(正犯にならない)」が、「自分が犯罪行為をした場合と同じ」刑罰が与えられる。
また、教唆犯を教唆する場合も同じに扱われる。(間接教唆犯)
判例は再間接教唆・再々間接教唆も認めている。
最高裁は共謀共同正犯理論とともに、最後の黒幕までさかのぼって処罰しようとしているのだ。
今回は、教唆犯の成立要件を簡単に説明する。
過失による教唆や不作為による教唆、教唆の未遂などを受講生に議論させるのがよい。
繰り返しになるが、警備員教育での法律知識は「結果を教えること」ではない。
法律に親しませること、筋道をたてて考えさせることである。
講師が、「結果を教えよう」とすると、その講義はまったく面白くないものになってしまう。
★教唆犯,間接教唆犯,再間接教唆犯・再々間接教唆犯(判例)
★教唆犯の成立要件,教唆故意と過失による教唆,不作為による教唆,教唆の未遂
第14講.幇助犯
前回は「犯罪をやる気のない者を、そそのかして犯罪をやらせた場合」、今回は「犯罪をやる気のある者を助けた場合」。
犯罪をそそのかした場合は、犯罪を行った者と同じ法定刑となるが、「助けた場合は、犯罪を行った者の法定刑の半分」となる。
幇助の方法は「正犯の実行を容易にするもの」であればなんでもよい。助言・激励などの「精神的な方法」でも幇助犯は成立する。
相手が「助けられていること」を知っていなくても、幇助犯が成立する。(判例・通説)
また、不作為による幇助犯も認められている。(判例・通説)
万引き行為を見て見ぬふりをした警備員や私服保安は不作為による窃盗罪の幇助犯となる。
警備員の不祥事を知って、それを握りつぶしたりその警備員に対して教育指導をしなかった選任の刑事責任は?
★幇助犯の成立要件-幇助故意・過失による幇助(不可罰),事後幇助犯(不可罰),片面的幇助犯(通説・判例は可罰)
★不作為による幇助(判例・通説)-警備員の暴行を握りつぶした本部長(架空事例)
・幇助犯の刑罰
第15講.共同正犯・共謀共同正犯
今回は「前近代的法律論」と批判されている、わが国の共謀共同正犯論。
学説が大反対しても判例はこれを頑として受け付けず、実務で定着してしまった。
共同正犯とは、共同者が「互いにその行為を利用し合い、補充し合って」犯罪行為を完成させた場合である。
お互いがお互いの行為を利用し合ったから、自分が発生させた犯罪結果だけでなく「発生した犯罪結果全部をお互いが発生させた」と取り扱う。
そこには「共同して犯罪を行おうとする意思」と「各自が犯罪行為の一部を行ったこと」が必要になる。
しかし、共謀共同正犯論では「共同して犯罪を行おうとする意思」があれば、自分が犯罪行為の一部を行っていなくても共同正犯となる。
犯罪計画(謀議)に参加して、誰かが犯罪を実行すれば、計画に参加した者全員が共同正犯となる。
これは「犯罪実行行為に手を染めず、それをやらせている首謀者」を捕まえるための理論であるが、
これは、犯罪実行行為を行っていない者を「行った」とするもので罪刑法定主義に反する。
共謀共同正犯論は刑法を「国家の権利濫用から個人の権利を護るためのもの」ではなく「犯罪から社会を護るためのもの」ととらえているようだ。
共謀共同正犯論の主張する「共同意思主体」というものも「こじつけ」のようで少々滑稽(こっけい)でもある。
★共同正犯とは
★共同正犯の成立要件-共同実行の意思と共同実行の事実
★共同意思主体と共謀共同正犯論
★学説は大反対、判例と実務は定着
第16講.違法収集証拠排除則と最高裁の立場
人には基本的人権が保証されている。
それは生まれながらの権利で誰によっても奪われないし、国民の総意で憲法を改正しても奪われない。
憲法31条は「各人に法定手続が保証されている」ことを確認し、刑法により「犯罪と刑罰」があらかじめ定められている。
そして、「犯罪に該るかどうかを調べる方法」が刑事訴訟法に細かく定められている。
刑事訴訟法は被告人と検察の「有罪・無罪を争う試合」のルールブックであり、このルールに基づいて公平な試合が行われなければならない。。
しかし、個人である被告人と国家権力である検察ではその力の差が大きく、実際には検察のルール違反が通ってしまい、個人の基本的人権が害される。
そこで、考え出されたのが違法収集証拠排除則。「検察がルール違反をした場合にペナルティを与える」というもの。
そのペナルティは「違法手続で得られた証拠は証拠としない」こと。
違法収集証拠排除則は通説だが、最高裁もやっと思い腰を上げ始めた。
最高裁は「証拠押収手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があれば、その証拠に証拠能力はない。」と違法収集証拠排除則を認めながらも、
個別事案については「本件は違法な押収手続であったが、重大なものでなかった。」と判断して、違法押収手続で得られた証拠を排除しなかった。
しかし、最高裁平成15年2月14日では「採尿に任意性がない」として、覚醒剤反応の鑑定書の証拠能力を否定し「覚醒剤使用」を無罪とした。
警察・検察の「任意という名の強制」や「騙し」は違法収集証拠排除則によってだんだんと通用しなくなっていくだろう。
私服保安は警察・検察のような権力を持ってはいない。
しかし、「捕まえられた万引き犯人」に対して優位的な立場にあることはまちがいない。
私服保安の「任意という名の強制・だまし」も慎まなければならないだろう。
★違法収集証拠排除則
・違法収集証拠排除則を初めてみとめた判例(最高裁昭和53年9月7日)
・違法捜索の方法を少し拡げた判例(最高裁昭和63年9月16日)
・違法収集証拠を初めて排除した判例(最高裁平成15年2月14日)
・違法収集証拠排除則の今後-私人の違法逮捕や違法捜索にも適用されるときがくるかもしれない