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(読者からの質問)
本書では現行犯逮捕の実力行使について『警察官が行う以上の実力行使はOK』とされています。
しかし、我が社の私服保安マニュアルには
『逮捕するための実力行使は、警察官が行う程は認められていないが、過剰防衛にならない程度の実力行使は仕方がない(正当防衛・刑法36条)』とされています。
どちらが正しいのですか?





(答え)


マニュアルは『私服保安としてやってはいけないこと』を一般人が理解できるように書いてあります。

『法律上私服保安ができないこと』と『私服保安がやってはいけないこと』は異なります。

『法律上私服保安ができないこと』という点から現行犯逮捕の実力行使を説明しましょう。


・まず、そのマニュアルは「現行犯逮捕を正当防衛として説明している」ことに誤りがあります。

現行犯逮捕は刑訴法213条「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」の「逮捕」です。
刑法36条の正当防衛ではありません。

現行犯逮捕は正当防衛でないからその実力行使の程度は過剰防衛とは関係ありません。
そもそも、万引き犯人に対する声かけ・現行犯逮捕は店外10mで行います。
その時点では窃盗罪は完成していますから正当防衛はできません。

現行犯逮捕の実力行使についての裁判例があります。

・東京高裁昭和37.2.20
  「私人の現行犯逮捕に当たっては、逮捕の職責を有する捜査機関に要求されるほどの節度は要求されず、これよりも緩和される。」
  この判例はどの法律書にも書かれています。
  一般私人が万引き犯人を現行犯逮捕する場合、警察官が行う以上の実力行使をしても構わないというのが定説です。

・札幌地裁昭和47.3.9
  「私人による窃盗犯人の現行犯逮捕の際、ネクタイを引っ張り回すなどの多少の行き過ぎはあっても逮捕権の限界を越えるものではなく、
     かえってこれに反撃した被逮捕者の行為がむしろ暴行罪になる。」。


また、現行犯逮捕の際の実力行使が限度を越えた場合、それは過剰防衛となるのではありません。
それ自体が暴行罪となります。
もちろん、現行犯逮捕するための実力行使であったことは考慮されます。


警備業法15条は「警備員は特別の権限を与えられるものではない」としています。
その点から「警備員の現行犯逮捕の実力行使<警察官の現行犯逮捕の実力行使」と考えて、『逮捕するための実力行使は、警察官が行う程は認められていません』と誤解したのでしょう。
法律論からいえばマニュアルの記述が間違っています。
次回の現任教育の時にでも質問してください。


ただ、マニュアルに『判例・通説では万引き犯人を現行犯逮捕する場合、一般私人である私服保安は警察官が行う以上の実力行使をしても構わないとされている。』と書けば
私服保安の実力行使が過激となってしまいます。

私服保安は小売業側の人間ですから万引き犯逮捕の際の実力行使は最小限に止めなければなりません。
私服保安の実力行使が法律上許されるものでも『やり過ぎではないのか?』と問題にされただけで店の信用・ブランドを傷つけてしまいます。
これが『私服保安としてやってはいけないこと』です。
その点から言えばそのマニュアルの記述は適切でしょう。

ただ、法律的には間違っています。
そのマニュアルは次のように改訂するべきでしょう。
『私服保安が万引き犯人を現行犯逮捕する場合の実力行使は「警察官が行う実力行使よりも少々強くても構わない」とされているが、
   人権尊重が声高に叫ばれている昨今、「お客様第一」をモットーとする店に迷惑がかからないように、実力行使は使わないか最小限にとどめるべきである。』


つづく。






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