店長のための 「保安のイ・ロ・ハ」



1.棚取り現認(着手現認)はなぜ必要か





私服保安の検挙条件に「現認(棚取り現認,入れる現認)、中断のないこと(中止)、単品禁止」があります。
この中の最初の棚取り現認について、「それがなぜ必要なのか」をハッキリと理解していない私服保安を見かけます。
彼らは「棚取り現認がないと誤認するから」と言います。
確かにその通りですが、それなら「誤認する可能性のないとき」は棚取り現認がなくてもよいことになります。

棚取り現認が必要なのは「誤認の可能性が高くなる」ことに加えて、
「それがないと犯人が盗ったことを証明できない」、さらに「それが店の商品であることを証明できない」からです。
だから、「誤認する可能性がなくても、棚取り現認がなければ捕まえてはいけない」のです。
今回はこれを説明します。


棚取り現認(着手現認)とは
棚取り現認が必要な理由①-盗ったことを証明できない
棚取り現認が必要な理由②-店の商品であることを証明できない。


     
1. 棚取り現認 ( 着手現認 ) とは


a.検挙要件


「 これらが揃わないと万引きを捕まえてはいけない 」 という条件 ( 要件 ) を検挙要件 といいます。

「 これを守っていれば絶対に誤認しない 」 という要件です。

次のものがあります。

①棚取り現認 ( 着手現認 ) ②入れる現認 ( 現認 ) ③追尾に中断がないこと ( 注視・中断なし) ④ 単品禁止

今回は「 棚取り現認 ( 着手現認 ) 」について説明します。


b.棚取り現認とは


「 棚取り 」 とは 「犯人が 、 何も持っていない手 を伸ばして、商品棚から商品を手に取ること 」。

「 棚取り現認 」 とは それを見たこと。

万引き行為を見る場合の一番最初の部分です。

この現認が不確かだと、その後をどんなにしっかり見ても誤認する可能性が高くなります。

これが、誤認原因のトップとなっています。


c.「 棚取り現認なし 」 の例


・奥さんに 『 これと同じ風邪薬を買ってきて。』 と空パッケージを渡された。
  ドラッグコーナーで空パッケージを出して同じものを捜したがなかった。
  手に持っていた空パッケージをポケットに入れた。

・ジーンズを買った。
 「 履き替えていこう 」と、それを持って試着室に入った。
 試着室で買ったジーンズの値札をちぎり、古いジーンズを脱いで試着室のごみ箱に捨てた。
  新しいジーンズを履いて試着室から出た。

・赤いエプロンを買った。
  「水玉のエプロンの方が良かったかな‥。」 と エプロンコーナーに戻った。
  鏡の前で買った赤いエプロン拡げて体に当て、水玉エプロンも体に当ててみた。
  「 やっぱり、赤いエプロンの方がいい 」 と赤いエプロンを丸めてバッグに入れた。


一般人は善良な道徳心を持っています。

上の例で、
薬の空箱をポケットに入れるとき、試着室で新しいジーンズに着替えるとき、赤いエプロンをバッグに入れるとき にこう思います。

「 万引きに間違えられるのでは‥」

そこで、周囲を見回したりオドオドしたり、サッとポケットやバッグに入れたり、そそくさとその場から離れようとしたり。

これを見た、経験の浅い私服保安や検挙成績の悪い私服保安が棚取り現認がないのに捕まえてしまうのです。
※最後は実際の誤認例

「万引き憎し!」の店長さんもやってしまいそうですね。



d.単品禁止は外しておきます


単品禁止とは 「 商品一個だけ ( 一つの窃盗行為だけ ) で万引き犯人を捕まえるな」という検挙要件です。

見間違いによる誤認の危険を回避するための要件です。
事故をしないためのシートベルトに該るものです。

上の例はすべて単品です。
この例で捕まえるのは単品禁止に反することになります。
しかし、話を簡単にするためにここでは「単品禁止」は外しておきます。

また、以下では架空の私服保安(保)と私との対談形式となっています。

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2.棚取り現認が必要な理由①


a. 私服保安はこう教えられているが‥


・『 棚取り現認はなぜ必要なのですか?』

保『 棚取り現認がないと、犯人が手に持っていた商品が店の商品でない可能性があるからです!』

・『 模範解答ですね。それでは、棚取り現認がなくてもそれが店の商品である場合はどうですか?』

保『どんな場合ですか?』

・『 ちょっと長くなりますが、状況を詳しく説明します。

    ・最近、ケース入りの缶ビールの盗難が多い。
    ・店はケースに店のシールを貼り、支払が済んだ場合はレジで店の買い上げシールをケースに貼る。
    ・入口から人相の悪い男が手ぶらで入ってきた。
    ・あなたはこの男に目をつけ尾行を開始した。
    ・男は缶ビールケースが積んである所に行った。
    ・あなたは10mくらい離れた飲料水コーナーの影から男の正面を見ている。
    ・男は回りを注意深く見渡し、あなたの方にも目を向けた。
    ・「 監視が見つかったら盗らない!」 あなたは顔を伏せた。
    ・5秒後、あなたがソォ~と顔を上げると、男はビールケースを両手で持っていた。
    ・男はそれを右脇に抱え、あなたの隠れている飲料水コーナーの方に向かってきた。
    ・あなたは男をやり過ごし、男の抱えているビールケースを見た。ケースには店のシールが貼ってあり、買い上げシールは貼ってない。
    ・男はレジに向かわすに、そのままビールケースを抱えて店外した。

    さあ、どうしますか?

    手慣れたやり方、堂々とした態度、この男が毎回ビールを盗っているのですよ!
    仲間はいないから捕まえるのは簡単!
    後から引き倒せばそれで済み。
    店長はあなたに拍手喝采、あなたは売場係員のヒーローに!』


保『 迷うところですねぇ‥。』

・『 どこを迷うのですか?単品禁止ですか?』

保『 単品禁止は外して議論しているのだから、単品であることは問題ではありません。
    この場合、棚取り現認を外すかどうかです。

    ・男はビールケースの前に立っていた。
    ・私が男から目を離したのはたった5秒。
    ・私が顔を上げたら男がビールケースを両手に持っていた。
    ・そのビールケースには店のシールが貼ってあるから店の商品だ。
    ・買い上げシールが貼ってないからレジ清算はしていない。
    ・そもそも、5秒間でレジ清算して戻ってこられる訳がない。

    ・棚取り現認はないけれど、男が持っていたのは店の商品であることはハッキリしている。
    ・レジ清算をしていないこともハッキリしている。

    ・棚取り現認が必要なのは、 「 それがないと、犯人の手に持っていた物が店の商品でない可能性がある 」から‥。』

・『 答えがでましたね!』

保『 行きます! 後から引き倒してヒーローになります!』


b.私服保安は男を捕まえた


男はビールケースを抱えたまま、正面ドアから店外し駐車場に出た。

私服保安は男を背後から呼び止めた。

男が振り向く。

保『 お客さん!そのビールのお代がまだなンですけどねぇ‥。』

男『 はい‥、支払っていませんよ‥。』

保『 店の商品をお金を払わないで持ち出せば、窃盗罪なの!保安室で手続しますから一緒に来てください!』

男『 でも‥。』


私服保安は男を保安室へ同行し、店長に電話した。

保『 ビール万引きを捕まえました!』

店長はニコニコして保安室にやって来た。

保『 店長、警察送りですか?』

店長『 当然!』

私服保安は警察に連絡した。


c. 『 盗っていませんよ!』


警察官が二人やって来た。

警察官は男の前にビールケースを置いて、男に確認した。

警『 このビール1ケースを盗ったのだな?』

男『 盗っていません。』

警『 代金を払わないで店の外に持ち出したンだろう?』

男『 はい! 』

警『 それを “ 盗った ” と言うの!』


男『 でも‥、 このビールは近くにいた男の人にもらったンですよ!』

警『 何だって‥?』


d. 警察官 『 見ていたの?』


警『 私服保安さん、あなたはこの男がビールケースを棚取りするのを見ていたのでしょう?』

保『 一瞬、目を伏せましたが、すぐに男を見ました。男はビールケースを両手に持っていました。』

警『 男が棚取りするのを見ていないのか‥。』

保『 見ていないといってもたった5秒ですよ!それにその男の近くに誰も居ませんでしたよ!』


警察官は傍にいる店長に尋ねた。

警『 店長さん!ビールコーナーが映っている防犯カメラはありますか?』

店長『 リカーの防犯カメラはウイスキーコーナーに向けているので、ビールコーナーは映っていません。』

警『 ということは、男がこのビールケースを棚取りするところも映っていないし、この男に誰かがビールケースを渡すところも映っていないのか‥。』


e.犯罪を立証するのは誰?


私服保安が警察官に詰め寄る。

保『 ちょっと待ってくださいよ!もしかして、この男の言っていることを信じるのですか?デタラメに決まっているじゃないですか!』

警『‥。でもねぇ、あんたは男が棚取りするところを見ていないンだから‥。』

私服保安は男に声を荒らげる。

保『 オイッ!言い訳するならもっとましなことを言え!知らない人からもらっただって?だれがそんなことを信用するか!』

男『 世の中には親切な人がいるのですねぇ!私も驚きましたよ!』

保『 それなら、その親切な人をここへ連れて来いよ!自分が盗ったのではないことを証明してみろよ!』

男『 そんなことを言われてもねぇ‥。どこの誰だか知らないし‥。』


警察官が私服保安をなだめる。

警『 私服保安さん、落ち着いて落ち着いて。犯罪を立証するのは我々の方なンだから‥。』

男『 そうなんですよ!』

警『 ややこしくなるから、あなたは黙っていてください。私が私服保安さんに説明します。』

男『 すいません。あまりにも無知な私服保安さんなので、つい‥。』

警『 この男性は 「 自分が盗っていないこと 」 を証明する必要はないのです。
     我々が 「 この男性が盗ったこと 」を証明できなければ、この人は盗ったことにならないのです。』

保『 というと‥?』

警『 この男性はビールケースを誰かにもらったと言っている。
     だから、この男性を有罪にするには、「この男性がビールケースを誰かにもらっていない」ということを証明しなければならないンです。』

保『 だって、このビールケースには店の買い上げシールが貼ってありませんよ。
     誰かがこの店で買ったビールをこの男にプレゼントしたとは言えませんよ!
     それに、このビールケースには店のシールも貼ってありますよ。
     誰かが他で買ってきたピールを男にプレゼントしたとも言えませんよ!』

警『 それはそうだけど、決定的な証拠にならないなぁ‥。』


f. 『 あの人が万引き犯人だったのか!』


このとき、男が急に警察官と私服保安に言った。

男『 そうだ!私にこのビールケースをくれた男は万引き犯人だったンだ!』

私服保安が猛り狂う。

保『 オマエ!口からでまかせも、いい加減にセイッ!万引き犯はオマエだろうガッ!』


三人のやり取りを聞いていた店長が男に尋ねた。

店長『 このビールが誰かにプレゼントされたものだとしても、このビールは店の商品だしレジ清算はしていません。
       あなたはこのビールをどうするのですか?買うのですか?』

男『 誰かが私にプレゼントしてくれたと思ったからもらったのですよ。他の店の方が安いから買うのならそちらで買いますよ!』


ここで警察官が話をまとめた。

警『 話が落ち着いたようですね。この一件は事件にしません。忙しいので我々はこれで失礼します!』

二人の警察官は帰って行った。


私服保安は男に言った。

保『 アンタの勝ちだよ。俺の負けだよ! もう帰っていいよ!』

男は私服保安と店長を見据えてこう言った。

男『 人を泥棒扱いしておいて、「 もう帰っていいよ」 はありませんよねぇ‥。』
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3.棚取り現認が必要な理由②.


a.犯罪行為の立証に不可欠


この事例は創作ですが、ありそうで怖いでしょう?

棚取り現認が私服保安の検挙要件に入っているのは、
それがないと「誤認をする可能性が高い」だけではなく、それがないと「犯人の窃盗行為 ( 犯罪行為 ) が立証できない」からです。

犯人の自供があれば、犯人の犯罪行為を立証することは簡単です。
しかし、裁判になれば犯人は必ず自供をくつがえします。

さらに刑事裁判には 「 疑わしきは被告人の利益による 」 という鉄則があります。
灰色では無罪になります。
犯人を有罪にするためには 「 まっ黒 」でなければならないのです。

犯人の自供なしで犯人を 「 まっ黒 」 にすることは難しいことなのです。

この事例では、「私服保安の棚取り現認証言」がなければこの男を 「 まっ黒 」にすることはできないのです。


警察官はこのことをよく知っています。
警察に連れて行って脅しをかけても、このしたたかな男は供述を変えないでしょう。
事件として送検しても検察から突き返されるのは目に見えています。

それどころか、こんな男に関わっていると自分たちにまで災いが降りかかります。

強盗や殺人のような凶悪犯ならまだしも、万引き程度では警察官は危ない橋を渡らないのです。


b.「 それが店の商品であること 」 を証明するのにも不可欠


スーパーの売場に並んでいるほとんどの商品には、それが店の商品であることを示す印が付いていません。

菓子・飲料・酒・乳製品‥、メーカーパッケージのまま並べられています。

山積みにされたレタスやトマト、サンマや冷凍イカもそうです。

店の商品であることが分かるのはパック入りの商品くらいでしょう。

犯人がこれらの商品を盗った場合、棚取り現認がないと犯人の窃取行為どころか「 それが店の商品であること 」 も証明できなくなります。


c.棚取り現認があっても「店の商品であること」を証明できない場合がある。


上の説明に追加します。

・売場にミカンが積まれて売られている。
・犯人がこのミカンを2個を棚取りし、ポケットに入れた。
・私服保安がこれを現認。
・犯人が店外、私服保安が声かけ。
・犯人は 『 このミカンは家から持ってきたものだ 』 と言い張った。

この場合、私服保安の棚取り現認があるので、
犯人のポケットに入っていた2個のミカンが 「 店の商品であること 」 ・ 「 それを犯人が盗ったこと 」 は証明できるはずです。

しかし、その証明力が問題になります。


私服保安は自分自身の目で見ているから 「 確か 」です。
しかし、警察官や裁判官は自身の目でそれを見ていません。

しかも、その証言で犯人の犯罪行為が立証されてしまう。

どうしても私服保安の棚取り現認の信用性を問題にしなければならないのです。


たとえば、
・買い物途中で食べようとミカンをポケットにいれて家を出た。
・店で合った知り合いが 『 この店のミカンはおいしいよ。今買ってきたの。食べてごらんなさい。』 とミカンを2個もらった。
こんな場面が充分に考えられます。

これがスイカやカツオ一匹なら話は別でが、ミカンなら別に不思議なことではないでしょう。。

ガムやのどアメでも同じことです。


要は、私服保安の棚取り現認が 「 日常よく起こることを否定できるかどうか 」 にかかっています。

なお、上のミカンの事例は実例です。

結末は、犯人の言い分が通りました。

もちろん、私服保安の棚取り現認がなかったり、それが不確かであったりして、そのミカンが本当に家から持ってきたものだったのかも知れません。
私自身の体験ではないので、犯人が逃げ切ったのか私服保安が誤認したのかは分かりません。

しかし、棚取り現認があっても犯罪が立証できない場合があることに注意しておかなければなりません。

そして、誤認ではなく犯人が逃げ切った場合も、誤認したのと同様の事態が起こることを覚悟しなければなりません。


私服保安は常に 「 きれいな一本勝ち 」 を目指さなければならないのです。


なお、この事案は単品検挙です。

もし、棚取り現認がミカンとリンゴの二回だったら、私服保安の棚取り現認の信用性はより強くなります。

単品禁止は 「 見間違いを防ぐためのもの 」 だけでなく 「 棚取り現認の信用性を高めるためのもの 」 だということも心しなければなりません。



4.検挙要件を緩めれば必ず誤認する


店長さんや売場の方には、我々私服保安の検挙要件は厳しすぎるものに思えるでしょう。

我々が 「 検挙要件が揃わなくて、万引き犯人を捕まえない 」 のを見て、腕の悪い私服保安だとか度胸のない私服保安だとか思うでしょう。

しかし、それがプロなのです。


我々は店からお金をいただいて万引き検挙をしています。
社会奉仕や趣味で万引き検挙をしているのではありません。

お金をいただいている以上、店に迷惑をかけることはできません。

なにより、相手を犯罪者として現行犯逮捕する以上、間違いは絶対にあってはならないのです。


誤認をすれば店に大きな損害を与え、相手の人権を大きく侵害してしまいます。

『誤認したのは警備会社の責任。店には関係ない。』 と思うでしょう。

しかし、現代では個人の権利意識が高まり、社会には不滿やストレスが溜まっています。

誤認が単に警備会社の問題で止まるような時代ではないのです。


最近、ある私服保安が誤認をしたと聞きました。
誤認なしの10年選手で、検挙数は軽く700件を超えています。

誤認の理由はなんと 「 棚取り現認不確実 」。

こんなベテランでも検挙要件を緩めれば誤認するのです。


検挙要件の重要性と我々のプロ意識をご理解ください。


つづく




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