店長のための 「保安のイ・ロ・ハ」



2.万引き犯人が盗った商品を捨てたら、「それを盗ったこと」が立証できない





私服保安教育で教えることの一つに、声かけして「逃げたら追うな」・「捨てたら追うな」。
「逃げたら追うな」は、これを追いかけると犯人が転んで怪我をしたり、他のお客さんを突き飛ばしたりぶつかったりして怪我をさせるから。
「捨てたら追うな」は、犯人の手から盗った商品が離れてしまえば、それを盗ったことが証明できないから。
「捨てたら追うな」と同じ理由で「見失ったら追うな」があります。見失ったときに捨てられたかもしれないからです。

今回の設例は「捨てたのに追って、捕まえた場合」。
「犯人が盗った商品を捨てたら(持っていなければ)」、私服保安の棚取り現認は充分な証明力を持ちません。
また、「捨てたことの目撃証言」もそれだけでは充分な証明力を持ちません。
私服保安は「捨てたら追うな」を今一度考えてみましょう。


事案設定-万引き犯人が逃げる途中で盗った商品を捨てた
「盗ってもいない、捨ててもいない」の主張を覆せるか
目撃証言は犯人が商品を持っているから証明力がある
目撃証言を強める証拠がない


     
1. 事案


a.再会


・『 あっ! お久しぶりですねぇ。この前の  “ ビールケース棚取り現認なし ” の私服保安さん  じゃないですか!』

保『 もう、あのことは言わないでくださいよ‥。』

・『 あのあと、どうなりました?』


保『 結局、店長と私が謝り、迷惑代としてあのケース入りビールを持って行ってもらいました。』

・『 それで済んだから良かったじゃないですか。男がもっと騒げば大変なことになりましたよ。』

保『 ピールだけでは済みませんよ。店長は私の会社にクレームをつけ、私は大目玉を喰らいましたよ!』

・『 でも、この店の保安担当からは外されなかったのですね。』

保『 まあ、問題が表沙汰になりませんでしたからネ。しかし、もう首の皮一枚ですよ‥。』

・『 首の皮一枚でも残ったのだから良しとしましょう。いい勉強になったでしょう?』


保『 しかし、思い出すたびに腹が立ちます。あの男、絶対に盗ってますよねぇ!』

・『 いえいえ、あの男の言ったことは本当だったのかも知れませんよ。
    問題はあの男が盗ったかどうかではなく、あなたが棚取り現認なしで男に声かけしたことです。
    素直に反省しないとまたやってしまいますよ。』


保『 あの男が今度盗りに来たら、絶対に捕まえてやりますよ!』

・『 あの男はしばらくやって来ませんよ。』

保 『 えっ、なぜですか?』

『 あのあと、2~3日してから、別の店で私があの男を捕まえました。
  男に前科があったので、懲役5年の実刑を喰らいましたから‥。』


b.事案設定


・『 また、ケーススタディをしましょうか?』

保『 ぜひお願いします。今度は大丈夫です!』

・『 では、事案設定をします。』


     ・最近、乾電池の盗難が多い。
     ・店は乾電池コーナーをレジ前に移し、店のシールを貼り、レジ清算したら買い上げシールを貼ることにした。
     ・この日、店長は私服保安に乾電池コーナーを警戒するように指示。
     ・私服保安は乾電池コーナーがよく見える、レジ横の雑誌コーナーでスタンバイ。
     ・中学生男子が西出入口から入ってきた。
     ・男子はすぐにレジ前の乾電池コーナーに行った。
     ・男子は単三電池4本入りパックを一個棚取りした。
     ・私服保安はこれを斜め前から現認。男子の棚取りした乾電池パックには店のシールが貼ってあり、買い上げシールは貼ってない。
     ・男子は電池パックを手に持ったまま文具コーナーへ行き、電池パックを上着の右ポケットに入れた。私服保安がこれを現認。
     ・男子はそのまま西出入口より店外。

     さあ、どうしますか?』


保『 今回も単品禁止は外すのですよネェ。』

・『 話を簡単にするために単品禁止は外します。』


保『 メチャクチャ簡単な事例じゃないですか!』

・『 そうですよ。』

保『 棚取り現認はあるし、入れる現認もある。中断はないし。
     単品禁止は外しているから、乾電池パック一個でも問題ない。

     待て待て、どこかに落とし穴があるンでしょう?

     買い上げシールが貼ってないからレジ清算は済んでいない。
     店のシールが貼ってあるから店の商品だ‥。』


・『 心配しないでください。意地悪な落とし穴などありません。
     さあ、どうします? 早く追いかけないと自転車で逃げてしまいますよ!』

保『 行きます。行きます! オ~イッ!ちょっと待てや!』


c.中学生は逃げた


私服保安は店外した中学生男子を呼び止めた。

保『 キミキミ!乾電池の代金をまだ払っていないだろう?』

男子『 えっ? 乾電池? 何のことですか? ボクは何も盗っていませんよ。』

私服保安は男子の上着の右ポケットを指さして、こう言った。

保『 ハ・ハ・ハ、しっかり見ていたよ。こちらのポケットに入っている乾電池のことだよ!』


中学生は突然走り出した。

私服保安はすぐに追った。


広い駐車場を中学生が手を振りながら逃げていく。

私服保安は息を切らして、必死に追いかける。

男子が、ポケットから何かを捨てた。


私服保安は、それが落ちた所を捜した。

そして、真新しい乾電池パックを見つけた。

棚取り現認した乾電池パックだ。

店のシールが貼ってあるし、買い上げシールが貼ってない。

『 間違いない!』

私服保安は、その乾電池パックを拾うとすぐにすぐに男子を追った。


男子は脚がもつれて転倒した。

私服保安がやっと男子に追いついた。


保『 ‥、‥。逃げ切れると思っているのか!‥、‥。』


男子『 いったい僕が何をしたと言うのですか!』

保『 乾電池だよ乾電池! この乾電池だよ!』

私服保安は回収した乾電池パックを男子に突きつけた。


男子『 だから、その乾電池がどうしたのですか!』

保『 オマエは、この乾電池をレジ前の電池コーナーで手に取った。
     そして、文具コーナーへ行って、上着のポケットに入れたじゃないか!』

男子『そんなことをしていませんよ!』

保『 オマエがポケットから捨てたこの電池パックが動かぬ証拠だ!』


男子『 そんなもの知りませんよ。ボクは何も捨ててませんよ。そんな電池パックなど知りませんよ!』


私服保安と男子のやりとりを一般客が顔を見合わせて見ていく。
このままだと、中学生の人権問題が生じてしまう。

保『 こんな所で言争っていても仕方がない。君の人権が損なわれてしまうから、保安室でゆっくり話そう!』

私服保安は男子の同意を得て、男子を保安室に同行させた。


私服保安が店長にピッチ連絡。

店長が保安室にやって来る。


店長『 中学生の乾電池万引きですね。』

保『 店長の勘が当たりましたね。警察連絡ですか?』

店長『 未成年者だし。後でややこしい問題が起こるといけません。警察渡しにしましょう。』

店長は警察に連絡した。
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2.問題となること


a.『 盗ってもいないし、捨ててもいない。』


警察官二名が到着。

前回の警察官だ。

警『 あっ、この前の私服保安さんですね。今度は棚取り現認はOKですか?』

保『 バッチリです。棚取り現認も入れる現認も中断もありません!』


警察官が男子の前に置かれている乾電池パックを指さして、男子に尋ねる。

警『 この乾電池パックを盗ったの?』

男子『 盗っていません!』

警『 こちらの私服保安さんは 「君がこの乾電池パックを商品棚から手に取って、ポケットに入れるところを見た 」 と言っているよ。』

男子『 そんなこと知りませんよ。ボクは何も盗っていません!』


警『 では、この私服保安さんが君を呼び止めたとき、なぜ逃げたの?
     君にやましいところがなければ、逃げる必要はないでしょう?』

男子『 「盗っていない」と言いましたよ。
       それなのに、「俺は見ていた」とか「ポケットに入っているだろう」とか怒鳴るンですよ。
       だから、ボクは怖くなって逃げたんです。』

保『 なにも怒鳴っていないだろう!』


警『 私服保安さん落ち着いて。私がこの子から話を聞きますから。』

警察官は男子にさらに質問した。

警『 この乾電池は君が逃げる途中でポケットから捨てたのでしょう? 私服保安さんは 「君が捨てるのを見た」 と言っているよ。』

男子『 乾電池なんか盗ってもいないし、捨ててもいませんよ。』

警『 ‥。』


b.「盗るのを見た・捨てるのを見た」 という目撃証言がある


警察官はもう一人の警察官に男子を見ているように指示し、私服保安と店長を保安室の外へ連れ出した。

警『商品が男子の手から離れているので、ちょっと難しいよ‥。』

私服保安は警察官に詰め寄った。

保『 なぜですか?

     ・あの乾電池パックには店のシールが貼ってある。 だから、店の商品であることは確かだ。
     ・買い上げシールは貼ってない。 だから、レジ清算していないことは確かだ。
     ・そして、私の棚取り現認がある。

     ・これらのことから 「あの乾電池パックが店の商品である 」 と証明できる。
     ・棚取り現認と入れる現認がある。 だから、「男子の窃盗行為」 は証明できる。

     ・男子が店外するまでに男子を見失っていない。 だから、「男子が乾電池パックを店外に持ち出したこと」 が証明できる。
     ・店外に持ち出したことが証明できるから、 「 男子の窃盗故意 」 は証明できる。

     ・男子がポケットから乾電池を捨てるのを見ている。だから、乾電池を捨てたことを証明できる。
     ・捨てられた乾電池は最初に棚取り現認した乾電池だ。それはここにある。

     最初から最後までつながるじゃないですか?
     あの男子が、この乾電池パックを盗って、店外し、逃げる途中で捨てたこと が全部証明できるじゃないですか!
     どこが、問題になるのですか? 』


警『 今日は理路整然としていますね。
     問題は 「 その乾電池パックが 男子から離れしまったこと」 なんですよ。 』

保『 犯人が、盗った商品を捨ててしまえば、盗ったことが証明できないのですか?』

     
c. 目撃証言は犯人がその商品を持っていたときに意味を持つ


警『 犯人が盗るのを現認したという 私服保安さんの目撃証言は、犯人がその商品を持っていた場合に十分な証明力が与えられるのです。

     たとえば、

     ・あの男子が乾電池を盗るのを私服保安さんが現認した。
     ・男子が店外したので私服保安さんが捕まえた。
     ・男子のポケットから現認した乾電池が出てきた。
     ・男子は「盗っていない」と否認した。
        
     しかし、私服保安さんの目撃証言と 「男子が乾電池を持っていたこと」 で、「男子が乾電池を盗ったこと」が証明できるのです。

     上の例で、男子のポケットから現認した乾電池が出てこなかったらどうなりますか?
     私服保安さんの目撃証言だけで「男子が乾電池を盗ったこと」 を証明できますか?
     死体のない殺人事件と同じですよ。』


保『 ちょっと待ってください。

     今回は 「男子が乾電池を持っていなかった場合 」 と違いますよ!
     男子は、持っていた乾電池を捨てたのですよ。
     それを私が見ているですよ。
     そして、捨てられた乾電池はここにあるのですよ!』


警察官はさらに説明を続けた。

警『 問題となるのは、「その乾電池を本当に男子が捨てたのか」 と言うことなのです。』

保『 本当に捨てましたよ。私がこの眼で見ましたから!』

警『 その目撃証言だけで裁判官を納得させられるかどうかが問題なのです。』

保『 本当です。しっかり見ました。見間違いはありません。』

警『裁判官自身は見ていませんからねぇ‥。』


ここで店長が口を挟んだ。

店長『 要するに私服保安さんの目撃証言の信用性の問題なのでしょう?』

警『 その通りです。目撃証言が信用されるかどうかですね。』


店長『 私服保安さんは男子を追いかけることで頭が一杯、男子は必死に逃げているので手足をバタバタさせる。

       こんな状況下では、男子がポケットから何も捨てていないのに 「何かを捨てた」 と見間違うこともありますからねぇ。

       そして、私服保安さんが見つけたのは乾電池。
       新しい乾電池がスーパーの駐車場に落ちていても不思議ではありません。

       誰かが捨てた新しい乾電池を、男子が捨てた乾電池だと勘違いした。
       このように考えることもできますからねぇ。』

警『 これが、ラジカセなら話は別です。

     男子がラジカセを盗って、店外。声かけされ逃げた。
     逃げる途中で、手に持っていたラジカセを捨てた。    こんな場合です。』

店長『 ラジカセなら、大きいので「捨てたこと」を見間違うことはない。
       そして、「箱入りのラジカセがスーパーの駐車場に落ちている」のも不思議だ。
       だから、犯人が捨てたという目撃証言が信用されるのですね。』

警『 そう言うことです。』


保『 店長、店長! 私を疑っているのですか!』

店長『 私自身の眼で見ていませんからねぇ‥。』
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d.目撃証言以外の証拠が必要


保『 分かりました。
     結局、私の目撃証言だけでは「この乾電池が男子が捨てたこと」 を証明できないということですね。
     私の目撃証言以外に証拠があればいいのですね。』

警『 どんな証拠がありますか?』

保『 回収した乾電池パックには買い上げシールが貼ってありません。
     店長は 「誰かが捨てたものかも知れない」 と言うけれど、誰にも買われていない乾電池パックがなぜ駐車場に捨てられているのですか?
     男子が捨てたものに違いないじゃないですか!』

警『 別の万引き犯が乾電池パックを盗って店外し、捨てたとも考えられますよ。』

店長『 回収した電池パックに買い上げシールが貼ってないのは証拠にはなりませんねぇ。』


保『 あっそうだ!あの乾電池パックにはあの男子の指紋が付いています!
     男子の指紋が付いていれば、男子が持っていたものだと証明できるじゃないですか!』

警『 スーパーの商品は誰でも触ることができるのですよ。あの男子の指紋が付いていても不思議なことではありません。』

店長『 それも証拠にはなりませんねぇ。』


保『 店長!私を追い込んでいません?』

店長『 ちょっとネ!』


店長が話をまとめた。

店長『 結局、「犯人が盗った商品を手放したら、目撃証言だけで犯人を有罪にすることは難しい」 ということですね。』

警『 その目撃証言が信用されるかどうかですね。
     「犯罪者にするかしないかの判断」ですから慎重になるでしょうね。』

店長『物証が必要なのですね。』

警『物証がなくても、 犯人の自供があれば簡単ですけれどね‥。』


e.『 事件にしません。』


店長は警察官に尋ねた。

店長『 で、今回は事件になるのですか?』

警『 相手が未成年者だし、親が出てくると厄介だし‥。事件にしない方がよさそうですねぇ‥。』

店長『 わかりました。いつもいつもご足労願ってすいません。』

警『 いやいや、これが我々の仕事ですから遠慮なく呼んでください。では我々はこれで失礼します。』

店長『 ありがとうございました。』


店長は二人の警察官を見送りに出た。

警察官が店長にささやいた。

警『 あの私服保安さん、ちょっとイケイケですねぇ。大きな問題を起こさない内に‥。』

店長『 心得ております。』


店長は保安室に戻った。

私服保安がアタフタしている。

男子が携帯電話をかけていた。

男子『 お父さん!お母さん!すぐに来て!ボク、何もしていないのに万引き扱いされているの!』


3.考察


・『 もし、もし! 大丈夫ですか? 大丈夫ですかぁ~っ!』

保『 ええっ? 男の子はどうしました? 店長はどこへ行ったのですか?』

・『 何を言っているのですか! 男の子も店長もいませんよ! 』

保『 ‥。えっ? 夢だったの? ここは保安室じゃない‥。
     事案設定があまりにもリアルなので、ついつい事案に引き込まれてしまったのか‥。良かった良かった夢だったンだ!』


ここで、店内放送が‥。

放送『 業務連絡です。
       保安担当、保安担当。 先ほどの男の子とそのご父兄がお見えです。 事務室の方にお願いします。』


今回の事案の結末は、限界線すれすれのものになっています。

このような事案で、私服保安の目撃証言によって犯人の窃盗行為が立証されることもあります。

あくまで 「 このような結末になる可能性がある 」 と考えてください。


犯人が盗った商品を手放した実例で次のようなものがあります。

①.店外した犯人に私服保安が声かけしたら、犯人が売場に戻って盗った商品を元のところに戻した。
②.店外した犯人に私服保安が声かけしたら、犯人が逃げた。そして盗った商品をどこかに隠して戻ってきた。
③.店外した犯人に私服保安が声かけしたら、犯人が 『 こんなもの、いらン!』 と盗った商品を私服保安に渡した。

① は、実際に誤認問題となりました。
② は、犯人が誤認問題にしようとしましたが、逆に保安係の親玉にどやされて警察送りになりました。
③ は、そのまま犯人は車に乗り込み、私服保安は被害商品を持ったまま何もできませんでした。
※私服保安教本・事例22・23・38。(いずれ公開します)


万引き事件では 犯人の持っている商品が動かぬ証拠となります。

犯人が商品を持っていれば、現認が少々甘くても犯罪行為が立証できます。
逆に、犯人が商品を持っていなければ、現認だけで犯罪行為を立証することは困難になります。
犯人が商品を捨てて逃げた場合は、犯人逮捕を諦め商品を回収して被害回復に止めるのがベストです。


なお、今回の事案では話を簡単にするために「単品禁止」を外しています。

実際には、設定事案のように単品で検挙することはありません。

つまり、いかに現認が確実でも乾電池パック一個を盗っただけでは捕まえないのです。

乾電池パックを一個、その隣の小型LEDハンドライトを一個、さらに文具コーナーでシャープペンシルを一本盗ったときに捕まえます。

これは、「犯罪行為の回数が多ければ、それだけ見間違いを防ぐことができるから 」だけではありません。

声かけ後犯人が逃げて、その途中で商品を捨てた場合でも、盗った商品すべてを捨てきれない場合があるからです。

また、商品すべてを捨てても、捨てた回数が多ければ多いほど 「 捨てたのを見た 」という目撃証言の信用性・証明力が強くなるからです。


私服保安が単品禁止を守っている限り、誤認逮捕は起こりません。

プロは単品禁止を守ります。

安心してプロ私服保安に任せください。



つづく。




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