RMX250-SJ13 整備資料
2014.09.07 SJ13クランクケース組立時の注意②-排気バルブガバナのスラストニードルベアリングの取付方向
排気バルブガバナにはスラストニードルベアリングという片面だけのベアリングがはまっています。
同様のベアリングはクラッチレリーズにもはまっています。
このベアリングはどちら向きに組んだらよいのでしょう。
結論から言うと、ガバナの方はベアリング面がクランク側(内側)、レリーズの方もベアリング面が内側。
ともに「ベアリング面が通常は回転していない物に向いている」。
この結論に至るために排気バルブガバナ、アクチュエーターを分解してその動きを考えてみました。
結論だけ覚えておけば読む必要のないものです。
・ガバナとアクチュエーターの動き
・スラストニードルベアリングの取り付け方向/問題提起
・ガバナの仕組みと動き
・アクチュエーターの仕組みと動き
★スラストニードルベアリングの役目と取り付け方向
・二台とも逆に取り付けたので再度の修正。
★クラッチに使われているスラストニードルベアリングの方向
1.ガバナとアクチュエータの動き
まずは、ガバナとアクチュエータの働きについて。
・クランクが回転すると p/プライマリードライブギヤが回転します。 ・a/ガバナ とプライマリードライブギヤは 直接噛み合います。 ・ギヤ比は 23:23=1:1。 |
・a/ガバナが回転すると、 中に入っているベアリングの働きによって c/アクチュエータを押します。※後述 3 ・a/ガバナと c/アクチュエータの間に b/ベアリングが入っています。 ・このベアリングはスラストニードルベアリングで、 ベアリングの片面しか滑りません。 |
・ガバナに押された アクチュエータ/c は d/ロッドを上に持ち上げます。 ・ロッド/dが持ち上げられると、 e/排気バルブレバーが持ち上げられます。 ・排気バルブレバー/e が持ち上がると 排気バルブが開きます。 ・このようにして、エンジン回転数が上がると 排気バルブが開きます。 |
エンジンが回転しないときは、排気バルブレバーの根元に付いているバネの力で排気バルブレバー/e は押し下げられ排気バルブは閉じています。
排気バルブレバーが押し下げられていれば、ロッド/d を介してアクチュエータ/c も押し下げられています。
エンジン回転数が上がり、アクチュエータの排気バルブレバーを押し上げる力が排気バルブレバーバネによる押し下げ力より大きくなると
レバーが押し上げられて排気バルブが開きます。
エンジン回転数が下がり、アクチュエータの押し上げ力が排気バルブレバーバネの押し下げ力より小さくなると、レバーが惜し下げられ排気バルブが閉じます。
ガバナとアクチュエータはエンジン回転数に応じて排気バルブを開いたり閉じたりする役割を与えられているのです。
2.スラストニードルベアリングの取付方向はどちら?
即答できますか?
・ガバナ/a とアクチュエータ/c の間に入っている ベアリング/b は 片面だけしか滑らないベアリングです。 |
・そこで問題になるのがベアリングの取付方向。 ・ローラーの面がアクチュエータの方を向くのでしょうか? |
・それともローラーの面はガバナの方に向いて、 アクチュエータの方には ベアリングのプレート面が向くのでしょうか? |
どちら向きに取り付けてもベアリングは回転しガバナとアクチュエーターの間の摩擦は軽減されます。
しかし、決まった取付方向があるはずです。
『 分解したときのままでいいじゃない。』
中古でエンジンの調子が悪くなっているようなRMXですよ。
クランクケースの分解組立が何度も行われているでしょう。
私のようなサンデーメカニックが分解して組み立てていたのなら、それが正しいとは限りません。
『だって、今回は三台分のクランクケースを分解したのでしょう? ベアリングの向きが三つとも同じならそれが正解だと考えていいじゃないですか。』
もっともです。
しかし、歳をとるとメモリー容量がほとんどなくなってしまいます。
今持っていたドライバーやメガネレンチがない。
工具を使っている時間より、探している時間の方が長い。
こんな私が一カ月も二カ月も前のことを覚えているわけがありません。
分解した部品はチャック付きの小袋に入れていますが、ベアリングを点検するときに外したかも知れないし、元の取付方向の通りに戻さなかったかもしれない。
それに、三個のクランクケースは。あちらをここまで分解、こちらをそこまで分解。
『あれっ? もう一つのクランクケースはどこまで分解したのかなぁ…。』
何より、組み立てるときに生じる疑問など分解しているときに思いつくはずがありません。
パーツリストのイラストやサービスマニュアルの写真には答えやヒントはありません。
最初に分解したクランクケースのパーツ集合写真にはベアリングがアクチュエーターの方を向いている。
しかし…。
問題解決の鍵はこのベアリングの役割。
これを知るためにば、ガバナとアクチュエータの仕組みと動きを理解しなければなりません。
●●
・ガバナは大小の盃を合わせたようになっています。 ・大きな盃を a1、小さな盃を a2 。 ・a1 と a2 の中には鋼鉄球が入っています。 ・a2 の根元にはバネが入っていて、 このバネの力で a2 と a1 は閉じられています。 |
・エンジンが回転するとガバナも回転します。、 | ・ガバナが回転すると 鋼鉄球は遠心力で盃の外側へ押し出されます。 ・二つの盃が合わさっている外周部分は狭くなっています。 ・鋼鉄球は合わさっている二つの盃を押し広げようとします。 ・この押し広げる力が a2 のバネの力より大きくなると、 a2 が押し出されます。 |
エンジンの回転が下がると鋼鉄球にかかる遠心力が弱まり、鋼鉄球の盃を押し広げる力も弱くなります。
鋼鉄球の押し広げ力( a2 を押し出す力)が a2 のバネの押し戻し力より小さくなると、a2 のせり出しが少なくなります。
このようにして、ガバナはエンジン回転数の変化を直線的な動きに変換しています。
ガバナ ( governor ) とは 調速機 のことです。
4.アクチュエータの仕組みと動き
アクチュエータ ( actuator ) とは 「エネルギーを並進または回転運動に変換する駆動装置 」 三省堂大辞林
ガバナの作り出した直線運動を回転運動に換えるのがアクチュエータです。.
その構造はいたって簡単。
三個の鋼鉄球を二つのプレートで挟んだだけのものです。
・c1 が ガバナ側のプレートで ガバナに押されます。 ・c2 は クランクケースに固定されます。 ・二つのプレートの間には鋼鉄球が挟まれています。 ・この二つのプレートを ウエーブワッシャ,ワッシャ,サークリップで留めます。 |
・鋼鉄球が収まるミゾには傾斜がついています。 ・白丸から赤丸の部分にいくにつれ 深さが浅くなり巾も狭まります。 ・二つのプレートの隙間は 鋼鉄球が赤丸の位置にあるときに最大、 白丸の位置にある時に最小になります。 ・c2 は固定されていますから、 鋼鉄球が赤丸の方へ動けば c1 が押し出され 白丸の方へ戻れば c1は戻ります。 |
・①は鋼鉄球が赤丸の位置にあり、c1が押し出された状態。 ・②は鋼鉄球が白丸の位置にあり、c1が押し戻された状態。 ・鋼鉄球の移動により、 c1は押し出されたり押し戻されたりするとともに、 反時計回りに回ったり戻ったりします。 ・このように、アクチュエータは 直線運動を回転運動に変換しています。 |
この 直線運動を回転運動に換える仕組みをもう少し詳しくみてみましょう。
・エンジンが回転していないときの状態です。 ・排気バルブレバーのバネの力でロッド/d が押し下げられ、 c1 が押し下げられています。 ・ |
・このとき鋼鉄球は溝の高い部分にあり、 c1 は 押し出されています。 ・エンジンが回転していないときは c1 がせり出した状態になっています。 |
・エンジンの回転が上がってくると、 ガバナの a2 が押し出されて c1 を押します。 |
・a2 に押された c1 は c2 の方へ押し戻されます。 | ・c1 が c2 の方へ押し戻されると、 鋼鉄球は溝の浅い部分から深い部分に押し動かされます。。 |
・鋼鉄球が溝の深い部分へ動くと c1は反時計回りに回転します。 ・c1 が反時計回りに回転すると d が押し上げられます。 ・c1 の押し上げ力が 排気バルブレバーバネの押し下げ力より大きくなると ロッドが押し上げられ 排気バルブレバーが押し上げられて排気バルブを開きます。 |
まとめです。
・これは、エンジンが回転していないとき、 または、 低回転でガバナ内の鋼鉄球にかかる遠心力が小さくて 鋼鉄球のa2を押し出す力が a2のバネ力より弱いときの状態。 ・a2 は押し出されず c1は動きません。 |
・これは、エンジン回転数が上がり、 ガバナ内の鋼鉄球にかかる遠心力が大きくなって、 鋼鉄球の a2押し出し力が a2のバネの力より大きくなり、 a2 が c1 を押す力が 排気バルブレバーバネの押し下げ力より大きくなった状態。 ・c1 は押し戻され c2 に押し付けられることにより 反時計回りに回転します。 |
・①がエンジン低回転の状態。 c1 は排気バルブレバーのバネの力で押し下げられています。 ・②はエンジン高回転の状態。 ガバナで作られた押し出し力が アクチュエータで回転力に換えられ、 c1 が排気バルブレバーを押し上げています。 |
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・ガバナは赤丸のところでベアリングに支えられています。 両側の赤丸はクランクケースとクランクケースカバーにあるボールベアリング。 アクチュエータの赤丸はアクチュエータの中にあるニードルベアリング。 ・ガバナはこの三つのベアリングでスムーズに回転していますが、回転が上がり a2 が c1 を押すようになると a2 と c1 が擦れあって回転が妨害されます。 そこで、 a2 と c1 の間にベアリングが必要になります。 ・しかし、それ以外に何か役割があるのではないでしょうか? もし、ベアリング b の役割が a2 と c1 の摩擦防止だけならその方向は問題になりません。 ベアリング面がガバナの方に向いていようとアクチュエータの方に向いていようと a2 と c1 の摩擦は軽減されるからです。 |
右手でガバナを左手でアクチュエータを持ち、左手の中指で c1をカチャカチャ。
ベアリング b の向きを入れ換えて 同じようにカチャカチャ。
なにも変りません。
今度は、ベアリングb を外して カチャカチャ。
すると…。
押し出されていた c1 を a2 で押すときに引っかかるときがあります。
そうか! このベアリングは 「a2 の押し付け力 を スムーズに c1 の回転力に換える 」 役割も持っているのか!
c1 が a2 に押されたときに c1 が回転し始めなければ、 アクチュエーターの中の鋼鉄球は動き始めません。
鋼鉄球が動かなければ c1 は引っかかって、押し込まれることも回転することもできない。
このベアリングは 「 c1 に回転のとっかかりを与える 」 ためにもある。
そうだとすると、
・ベアリング面は アクチュエータの方に向いていた方が効果的。 それだけアクチュエーターが滑り始め易いからです。 ・逆にしても支障はないだろうけど、 その目的をよりよく果たすためには、 アクチュエータの方に向いていなければなりません。 ・右側の写真が正解です。 |
そういえば、アクチュエータの c1 に付いている擦れ傷がベアリングの巾と一致しています。
だから、ベアリングはアクチュエータの方に接していたのでしょう。
また、ガバナ a2 の出っ張っている部分 は ベアリング巾より狭くなっています。
もし、ベアリングがガバナの方に接するのなら、この巾がベアリング巾と同じか広くなっていなければなりません。
これらの補強証拠もポイントを稼ぎます。
これで、スラストニードルベアリングの取付方向は決まり。
6.めでたし、めでたしのはずが…
『やっと、解決しましたね!』
…。
『浮かない顔をしていますね?』
実は…、もう二台ともクランクケースを組んでしまったのです。ベアリング部をガバナの方に向けて。
ガバナの a2 が アクチュエータの c1 を “押す” のだから、「 ベアリング部が c1 の方を向いていたら滑ってうまく押せない 」 と考えたからです。2
しかも、二台とも一度組み立てたあと確認のためにもう一度カバーを外して、ベアリング部がガバナの方に向いていることをチェック。
一台は走行チェックも終わって、試運転に 163号の長野峠に持ち込もうとスタンバイ。
間違いに気づかなければいいけれど、気づいてしまった以上、それを正さなければなりません。
まあ、エンジンを載せたままで作業できるから…。
一台目は まだエンジンを載せただけ、ラジエターもチャンバーも未装着。
クラッチワイヤーもつないでなければ、ギヤオイルも入れていません。
・オイルポンプもオイルラインも外しません。 ・クランクケースカバーのボルトを外すだけです。 ・オイルポンプケーブル取付部がじゃまになって ボルトの一本が取り外せませんが、 緩めておけばOK。 |
・オイルラインかつっぱるけれど、 二枚貝を開くようにカバーを開きます。 ・『 あっ!ガスケットが切れてしまった。』 |
・スラストニードルベアリングはこの方向です。 ・ベアリングが見えていれば正しい取付方向です。 証拠写真をとりましょう。 |
ガスケットの新品ストックがないので、程度の良い使用済みガスケットを使用しました。
もう一台はすべて装着の走行テスト済み。
外すのは最小限で。
・ウォーターポンプへのパイプ
・ウォーターポンプ流入口 ( これを外さないとクランクケースカバーボルトが外せない )
・ブレーキペダル
・キックアーム
・クラッチワイヤー
・オイルポンプカバー
・ギヤオイル
・冷却水 ( 再使用可)
・二枚貝を開きます。今度はガスケットに注意して。 ・ガバナのベアリング方向変更はすぐに完了。 ・しかし、クランクケースカバーをはめようとすると、 オイルポンプがチャンパーに当たってうまくはめられない。 |
・クランクケースカバーを外すときには必要ないが、 クランクケースカバーをはめるときには オイルポンプを外すか、 チャンパーを外すかのどちらかが必要。 ・今回はチャンバーを外しました。 |
・チャンバーがないと、 オイルポンプをつけたままでも クランクケースカバーをうまくはめられます。 ・ラジエターホースの取付もスムーズに行えます。 ・ウォーターポンプ流入口のOリングをお忘れなく。 |
なお、クラッチデスク交換の場合はクランクケースカバーを完全に取り外さなければなりません。
この場合は、オイルポンプからオイルパイプを取り外せばよいでしょう。
7.クラッチにもスラストニードルベアリングが使われている
スラストニードルベアリングはクラッチにも使われています。
・bはクラッチプレッシャープレートで バネでクラッチデスクを押し付けています。 ・a は クラッチレリーズ。 クラッチレバーを握ると、 aが引っ張られ bがクラッチデスクから引き離されます。 |
・a と b の間に スラストニードルベアリングがはまっています。 ・a で b を外側へ引っ張る場合、bは回転しているので、 このベアリングがないと a とb が強く擦れあって損傷してしまいます。 ・b を空回りさせるのが このベアリングの役目です。 |
・このベアリングの役割は 単に a と b の摩擦を防ぐこと。 だからベアリング部がどちらを向いていても その効果に差はありません。 ・だだ、ベアリング部が b の方を向いていると アルミ製のbを削ってしまいます。 同じ削るのなら部品単価の安いレリーズの方がよい。 ・ベアリングの取付方向は ベアリング部がレリーズの方を向きます。 |
パーツリストのイラストにもそのように描かれています。
そもそも、このベアリングはレリーズに貼りついていますので、こんなところにベアリングがあることすら気づきません。
★スラストニードルベアリングのベアリング部は回転しないものの方を向いている?
なお、レリーズ a が b と接するのはクラッチレバーを握ったときだけ。
通常、a とb は接していません。
通常、bは回転していますが a は回転していません。
スラストニードルベアリングのベアリング部は 回転していないレリーズの方に向いていることになります。
一方、排気バルブガバナと アクチュエーターはエンジン回転数が上がらなければ接することありません。
ガバナはエンジンが回っていれば回転していますが、アクチュエーターは低回転では静止しています。
スラストニードルベアリングはここでもベアリング部が通常は動いていないアクチュエーターの方に向いています。
この二つは偶然の一致なのでしょうか。
つづく
前へ/クランクケース・オイルシールの打込み量と取付方向 次へ/クラッチ、シフトカムギヤ、キックスタータ 他 目次へ SPnet番外TOP SPnet SPnet2