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第6講.強盗罪,強盗致傷罪罪 -強盗のときに誰かが死んだら無期懲役か死刑・恐怖の結果的加重犯
犯罪が成立するためには、
その結果の発生を予想して行為すること。または結果発生を予想してはいないが発生してもかまわない」と思って行為することが必要である。
さらに、その場合でも、行為と結果の間に「もっともだと言えるつながり(社会通念上認められる因果関係)」がなければならない。
たとえは、Aが電線にとまっているカラスに当てようと石を投げたら、それが外れて通行人Bに当たってケガをさせた。
Aは「Bがケガをするという結果発生」をまったく予想していなかったので、Aの「石を投げた行為」は傷害罪とはならい。(過失犯は問題となる)
一方、Aが通行人のBに当てようと石を投げたら、それが外れて上空を飛んでいるカラスに当たり、そのカラスが落ちてきてBに当たってBがケガをした。
この場合、Aは「Bがケガをするという結果発生」を予想していたが、
Aの「石を投げた行為」と「Bがケガをしたという結果」の間に「もっともだと言えるつながり」がないので、
Aがその結果を発生させたとは言えず、傷害罪の未遂(暴行罪)になる。
しかし、結果発生をまったく予想していなくても、結果が発生しただけで犯罪が成立し、
しかも、行為と発生した結果とのつながりがきわめて弱い場合にも成立する犯罪がある。(結果的加重犯)
強盗致死傷罪(刑法240条)がこれで、強盗をしたときに誰かが何らかの理由でケガをしたり死んだりしたら、それだけでこの犯罪が成立する。
致死傷の結果は暴行・脅迫に他の原因が加わってもよいし、強盗の被害者でなくてもよい。
しかも、死んだ場合の法定刑は「無期懲役か死刑」
次回に説明するが、万引き犯人が捕まるときに抵抗したら強盗罪になる(事後強盗)。
この場合、誰かがケガをしたら強盗致傷罪、誰かが死んだら強盗致死罪で無期懲役が死刑。
万引き犯人と私服保安は「強盗致死傷罪」をしっかりと理解しておかなければならない。
私服保安を教育する選任も同じである。
・強盗罪の成立要件-「暴行・脅迫」の程度、それを手段とする目的
・強盗致死傷罪(刑法240条)
★結果的加重犯-発生した結果に対して故意も過失も不要。その結果が発生しただけで成立。
★強盗犯人の行為(暴行・脅迫)と結果(致死傷)のつながり-判例はとてつもなくゆるい
・強盗が失敗しても誰かがケガをしたり死んだりしたら強盗致傷罪
2.強盗罪・事後強盗罪 -万引きが強盗罪になる場合
「万引きは窃盗罪だから、強盗罪なんか関係ない」と思っている人はいないだろうか?
「コンビニの従業員が万引きを追いかけ、取っ組み合いになって万引き犯人に刺されて死亡した」というニュースを聞く。
この場合、万引き犯人への刑罰は無期懲役と死刑しかない。
「缶ビール1本盗って死刑」では割が合わないだろう。
「万引きをしようとする者」はしっかりと理解しておかなければならない犯罪である。
a.強盗罪
※刑法236条(強盗罪)
「1.暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2.前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」
※(刑法243条(未遂罪)
「235条から236条まで、及び238条から241条までの罪の未遂は、罰する。」
イ.強盗罪と窃盗罪・詐欺罪・恐喝罪の違い -「乱暴して・脅かして」無理やり持っていくのが強盗-
他人の物を盗る場合、
・「黙って持っていく」のが窃盗。
・「騙して渡させる」のが詐欺。
・「脅して渡させる」のが恐喝。
・「無理やり持っていく」のが強盗である。
“恐喝”と“強盗”の違いは、強盗が「被害者の犯行を抑圧する程度の暴行・脅迫」を手段とするのに対し、“恐喝”は「その程度に至らない脅迫」を手段とすることである。
悪さの程度が違うので、窃盗罪・詐欺罪・恐喝罪は「1カ月以上10年以下の懲役」であるのに対し、強盗罪は「5年以上15年以下の懲役」と刑罰が重くなる。
ロ.強盗罪の暴行・脅迫とその程度 -相手がへっちゃらでも強盗罪-
強盗罪の条文は「無理やり持っていく方法」として、「暴行と脅迫」を挙げている。
・“暴行”とは「他人に向かって形のある力を行うこと」。
・“脅迫”とは「他人に害悪を通知すること」。
それらは、「社会常識から見て相手方の反抗を抑える程度のもの」でなければならない。
しかし、その暴行・脅迫によって「実際に相手方の反抗を抑えられたかどうか」は関係ない。
たとえば、
・殴る。蹴る。
・ピストルやナイフを突き付ける。
・日本刀やバットを近くで振り回す。(「近くで振り回すこと」は暴行になる。)
・強そうな男が、胸ぐらをつかんで『どうなるか分かるな!』と言う。
・『村八分にするぞ。』と告げる。
・不倫中の男に『秘密をばらすぞ。』と言う。
これらは、社会常識から考えて「相手方の反抗を抑える程度の暴行・脅迫」なので強盗罪の暴行・脅迫となる。
しかし、
・相手がK-1のチャンピオンで、殴られたり蹴られたりしても一向に動じなかった。
・相手が精神障害者や盲人で、ピストルを突き付けられても何も怖がらなかった。
・相手が、不倫などばらされても平気だった。
こんな場合でも、「その暴行・脅迫によって実際に相手方の犯行を抑えられたかどうか」は関係ないので強盗罪の暴行・脅迫となる。
ハ.「暴行・脅迫を手段とするつもり」が必要 -ヤキを入れたら相手が怖がって財布を出した。それをもらっても強盗罪じゃない-
強盗罪は「暴行・脅迫を手段として財物を奪う」犯罪だから、犯人が「その暴行・脅迫により、相手方の反抗を抑えよう」と思っていなければならない。
犯人に「その暴行・脅迫を手段とするつもり」がなければ、結果として被害者から財物を奪っても強盗罪とはならない。
たとえば、
・“かっぱらい”が被害者の持っているハンドバックをひったくっても強盗罪にならない。
犯人がハンドバッグをひったくるときに、「被害者の反抗を抑える程度の形のある力」を行っている。
しかし、それは「被害者の反抗を抑えようと思って」したのではない。
だから、その暴行は強盗の手段として行われたものではない。
これは単なる窃盗罪となる。
・気に入らない男がいたので、「ヤキを入れてやろう」と男を殴り倒した。
男が怖がって、『これで勘弁してくれ。』と財布を差し出したので受け取った。
または、殴り倒した男の懐から財布が転げ落ちたのでこれを盗った。
この場合も「財布を巻き上げるために殴った」のではないから強盗罪とはならない。
暴行罪・傷害罪+窃盗罪となる。
ニ.強盗罪の開始時期・既遂時期
強盗罪の開始(実行の着手)は「暴行・脅迫が開始されたとき」。
強盗罪の完成(既遂)は「目的物を自分の事実上の支配下に置いたとき」。
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b.強盗致死傷罪 -強盗が人を傷つけたり死なせたりしたら、メチャクチャ罪が重くなる-
※刑法240条(強盗致死傷罪)
「強盗が、人を負傷させたときは無期又は7年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。」
※刑法243条(未遂罪)
「235条から236条まで、及び238条から241条までの罪の未遂は、罰する。」
強盗をした者が人を傷つけたり死なせたりした場合である。
強盗に遇った(あった)被害者が傷ついたり死んだりすることが多い。
この点を考慮して、「強盗の被害者を保護するため」に作られた規定である。
罪を重くしておけば、強盗犯人が被害者を殺傷するのを思い止まるから被害者の保護になる。
イ.結果的加重犯 -「結果が発生した」だけで成立してしまう犯罪がある-
(結果的加重犯とは)
・故意のない場合は犯罪が成立しない。
・故意がなくても過失があれば過失犯が成立する。
・故意も過失もなければ犯罪が成立することはない。
しかし、例外的に「故意も過失もないのに犯罪が成立する」場合がある。
ある犯罪を行ったときにある結果が生じた場合、その結果発生に故意・過失がなくても発生した結果に対して責任を負わされるのである。
これを“結果的加重犯”と言っている。
傷害致死罪がこの結果的加重犯である。
※刑法205条(傷害致死罪)
「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、二年以上の有期懲役に処する。」
・Aが見ず知らずのBと言い争いになってBを突き倒した。
・Bが怪我をした。
・Bには持病があった。
・Bはこの怪我で持病を悪化させて死んでしまった。
AはBを突き倒す故意があったので傷害罪となる。
しかし、AはBに持病があることを知らなかったので「Bがその怪我で死ぬ」とは夢にも思っていない。
AとBが知り合いなら、「Bに持病があることを知らなかったこと」についてAの過失を考えることもできる。
しかしAとBは面識がない。
AはBの死について故意も過失もない。
しかし、Aは刑法205条でBの死についての責任を負わされるのである。
※傷害罪なら1カ月~10年の懲役。傷害致死罪なら2年~15年の懲役。
※判例は「Bの死についてAに過失がなくても傷害致死罪は成立する。」としているが、学説は「Aに過失がなかった場合は傷害致死罪は成立しない。」としている。
(結果的加重犯の行為と結果の因果関係)
一般に、犯罪が成立するには、犯罪行為と結果発生の間につながりがなければならない。
この“つながり”を“因果関係”という。
・AがBを殺そうと思ってピストルを撃った。
・しかし、弾がそれてBに当たらなかった。
これは殺人未遂罪である。
・AがBを殺そうとしてピストルを撃った。
・しかし、弾がそれてBに当たらずにBの真上を飛んでいるカラスに当たった。
・そのカラスが落ちてきてBの頭に当たってBが死んだ。
この場合、「Aがピストルを撃ったこと(Aの行為)」と「Bが死んだこと(発生した結果)」の間に因果関係を認めればAは殺人既遂罪、
因果関係を認めなければ殺人未遂罪となる。※AにはBを殺す行為は開始したが、Bが死ぬという結果が発生しなかったので殺人未遂。
「行為と結果の間にどの程度の因果関係があれば犯罪が成立するか」については争いがある。
通説・判例は、「社会生活上の経験に照らして、その行為からその結果が発生することが相当だと思われる場合に因果関係あり」としている。
上のカラスの例でいえば「 因果関係なし」となる。
しかし、結果的加重犯は特別の場合なので因果関係がもう少し緩くなる。
判例は結果的加重犯の場合の因果関係を非常に緩く解釈している。
傷害致死罪で言えば、
・通常人ならその怪我では死なないけれど、被害者が特異体質のため死んだ。
・被害者の怪我を治療した医者の治療が悪くて死んだ。
・火傷を負わされた被害者が冷たい川に飛び込んで心臓麻痺で死んだ。
・殴り倒されている被害者を関係ない第三者が川に放り込んだので死んだ。
このように、判例は社会常識を越えて因果関係を認めている。
その背景には「犯罪を行った者の人権」より「犯罪から社会を守ること」の方が大切だという考え方がある。
もちろん学説はこの判例の立場に反対している。
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ロ.強盗犯人の暴行脅迫(行為)と死傷の(結果)のつながり -強盗の被害者が逃げるときに、転んで死んでも無期懲役・死刑-
強盗致死傷罪は傷害致死罪と同じく結果的加重犯である。
判例によれば、
・AがBに暴行・脅迫を加えてBの財物を奪った。Bが死傷した。
・Aは「Bが死傷すること」について故意・過失がなくても強盗致傷罪となる。(結果的加重犯)
・Aの暴行脅迫とBの死傷が「社会常識から考えてつながらない」場合でも強盗致死傷罪となる。(結果的加重犯の行為と結果の因果関係)。
・①.強盗をしようとして被害者を殴ったら、被害者が怪我をした・死んだ。
・②.強盗をしようとして被害者を殴ったら、被害者が抵抗して格闘になった。格闘中に被害者が怪我をした・死んだ。
・③・強盗しようと思って被害者を殴ったら、被害者がそれをよけようとして転んで怪我をした・死んだ。
・④強盗しようと思ってナイフを見せて被害者を脅かしたら、被害者が怖がって逃げた。被害者が逃げる途中に転んで怪我をした・死んだ。
・⑤強盗しようと思ってバットを振り回して被害者を脅迫したら、手が滑ってバットが犯人の手から離れた。そのバットが被害者に当たって怪我をした・死んだ。
・⑥.強盗しようと思ってナイフを見せて被害者を脅迫したら、被害者が突然ナイフを取り上げようとした。そのときに被害者が怪我をした。
①の中には「被害者の特殊体質や第三者の行為が介在して被害者が死んだ場合」も入るだろう。
学説は ① ~ ⑤ を強盗致死傷罪、⑥ を強盗致死傷罪ではなく「強盗罪+過失致死傷罪」としている。
強盗をしようとする者は「強盗をしたときに何らかの理由で被害者が死傷すればすべて強盗致死傷罪になる」と覚悟しておいた方がよい。
ハ.被害者以外の者が死傷しても強盗致死傷罪 -被害者だけではなく「誰か」が死んだら無期懲役・死刑-
強盗をする者はもう一つ覚悟しておかなければならない。
強盗致死傷罪の条文は「強盗が人を負傷させたとき…死亡させたとき…」となっている。
“被害者を”ではなくて“人を”としてある。
強盗致死傷罪は「強盗が被害者を死傷させた」場合だけではなく「他の人を死傷させた」場合にも成立するのである。
強盗犯人が「犯行を隠すため・逃げるため」に目撃者や追跡者を死傷させることがよく起こるからだ。
それでは、「犯行を隠すため・逃げるために人を死傷させた」のでなければ強盗致死傷罪にならないのか?
最高裁は甘くない。
「犯行を隠すため逃げるためだけでなく、強盗をする際に行われた行為によって他の人が死傷したらすべて強盗致死傷罪」とする。
もちろん、強盗致傷罪は結果的加重犯だから、強盗犯人に「他の人が死傷すること」に対する故意・過失がなくても構わない。
犯人のした行為と発生した結果の因果関係はものすごく緩く考えられているから、
「被害者に対する暴行・脅迫」と「他の人の死傷」の間に社会常識では因果関係が考えられなくても構わない。
「強盗をする際に行った行為が原因で誰かが死傷すれば」すべて強盗致死傷罪である。
★★15
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これで「もの」になるようなら
「65 か 85」にステップアップ。
ニ.「怪我をさせてから・殺してから盗った」場合も強盗致死傷罪に含める。
強盗致死傷罪は結果的加重犯であり「致死傷について犯人の故意・過失がない場合」であるが、
「致死傷について犯人の故意がある場合も含む」と解釈されている。(通説・判例)
つまり、「相手を死傷させて財物を奪おうと思って、相手を傷つけたり殺したりしてから財物を奪う」場合も強盗致傷罪に含まれる。
ホ.軽い傷害は含まない -チョットくらいの怪我をさせても許される-
強盗致死傷罪の刑罰は重いので、「強盗する際に少し傷を負わせたような場合は対象外」とされている。
たとえば、
・被害者の胸ぐらをつかんで『どうなるか分かるな!』と揺すぶった。
・そのときに被害者の首のあたりが赤く腫れたり少し傷ついたりした。
これは強盗致傷罪にならない。
「この程度の軽い傷害」は、強盗罪の手段である暴行の中に含まれている。
つまり“軽い障害”は強盗罪に含まれているのである。
この場合は単なる強盗罪となる。
ヘ.強盗が失敗しても、誰かが死傷すれば強盗致死傷罪の既遂 -強盗が失敗しても誰かが死ねば無期懲役・死刑-
・財布を盗ろうと思って、被害者をバットで殴って怪我をさせた。
・しかし被害者が財布を離さなかったので財布を盗ることができなかった。
・強盗の機会に死傷の結果が発生したが、強盗は未遂に終わった。
これも、強盗致傷罪の既遂となる。
強盗致死傷罪の既遂・未遂は、「致死傷が発生したかどうか」で決められる。
強盗が既遂か未遂かには関係ない。
強盗致傷罪が「強盗被害者・目撃者・追跡者を守るためのもの」だからである。
ト.強盗致傷罪の未遂とは?
それでは強盗致死傷罪の未遂とはどんな場合だろうか?
・①.強盗しようとしたが強盗に失敗した。誰も死傷しなかった。 → 強盗罪の未遂。
・②.強盗しようとして強盗が成功した。誰も死傷しなかった。 → 強盗罪の既遂。
・③.強盗しようとしたが強盗に失敗した。しかし人が死傷した。 → 強盗致死傷罪の既遂。
・④.強盗しようとして強盗が成功した。しかし人が死傷した。 → 強盗致死傷罪の既遂。
強盗致死傷罪の未遂は次の場合だとされている。(通説・判例)
・⑤.「相手を傷つけて・殺してから強盗しよう」と思って強盗した。しかし、強盗に失敗し相手も死傷しなかった。
・⑥.「相手を傷つけて・殺してから強盗しよう」と思って強盗した。しかし、強盗に成功したが相手が死傷しなかった。
つづく。
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