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第7講.事後強盗罪-万引きをして死刑になる場合がある-





万引き犯人に声かけすると、年寄りとヒールを履いた女性以外まず逃げる。
必死に逃げる。転倒してもすぐに起き上がり、足より頭を先にして逃げる。
同行中も隙があれば逃げる。「トイレに行きたい」といって逃げる。

逃げきれば警察に引き渡されることはないし、逃げただけで万引きが重い罪になるわけではない。
しかし、逃げる途中でジャマになる一般客を突き飛ばせば、その時点で万引きが強盗罪(事後強盗罪)となってしまう。
万引きは窃盗罪で10年以下の懲役(1カ月~10年)か50万円以下の罰金だが、強盗罪になると5年以上の有期機懲役(5年~20年の懲役)で罰金刑はない。

それだけではない。
強盗罪になれば、あの「恐怖の強盗致死傷罪」が出番を待っている。
逃げる途中でジャマになる一般客を突き飛ばしたら、その客がケガをした。
ケガをした客が病院に救急車で搬送されたが、途中で救急車が事故を起こしてその客が死んでしまった。
または、搬送された病院の医療過誤でその客が死んでしまった。
そんな場合は、強盗致死罪が成立してその刑罰は「無期懲役か死刑」。

これは、声かけした私服保安に抵抗した場合も同じである。

万引きは初犯なら警察で叱られて終わり。二犯目なら罰金。三犯目も罰金。四犯目でようやく起訴。
よほどの常習でない限り刑務所に行かなければならないことはない。

しかし、抵抗したり逃げたりするときに誰かに怪我をさせると人生を棒に振ってしまう。
私服保安に声かけされたらすなおに捕まることをお勧めする。


事後強盗罪の要件-目的,暴行・脅迫の相手・程度・場所時間,未遂と既遂,刑罰
万引きが事後強盗となる具体例と故意の立証-やはり「店外10m」
一生を棒に振るのがいやなら、私服保安に声かけされたらすなおに捕まりましょう。


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トライクの法的取り扱い




c.事後強盗罪とは


※刑法238条(事後強盗罪)
  「窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。」

※刑法238条(未遂罪)
  「235条から236条まで、及び238条から241条までの罪の未遂は、罰する。」


強盗は「暴行脅迫を手段として被害者の反抗を抑圧して財物を盗る」ことである。

では、財物を盗り始めたが被害者が反抗したので被害者に暴行脅迫を加えた場合。
また、財物を盗って逃げたら被害者が追ってきたので被害者に暴行脅迫を加えた場合はどうだろうか?

「暴行脅迫を手段として盗っていない」から強盗罪ではない。
しかし、実質上は強盗罪と変わらない。

そこで、この場合を“事後強盗罪”として強盗罪と同じに扱うことにしたのである。


この犯罪が成立するには次のことが必要である。

・誰が:窃盗行為を開始した者・完成させた者。
・目的:盗った物を取り返されないため。捕まらないため。犯罪を見つけられないため。
・何をした:暴行・脅迫を行った。

これらを以下に説明する。


イ.目的が必要  -「盗った物を取り返されない・捕まらない・盗ったことを隠す・証拠をなくする」ために乱暴したり脅かしたりすると強盗罪-


強盗罪は、「暴行・脅迫を手段として」財物を盗る犯罪である。
事後強盗罪は盗り始めた者・盗った後の者が暴行・脅迫をする場合である。

事後強盗罪を強盗罪と同じように扱うのだから、事後強盗罪の暴行・脅迫は「それを手段として財物を盗る」のと同視できるものでなくてはならない。
つまり、その暴行・脅迫は「窃盗を成功させるために」行ったものでなければならない。


そこで、事後強盗罪の暴行・脅迫に「盗った物を取り返されないため・捕まらないため・盗ったことを隠すため・証拠をなくするため」という目的をつけたのである。

犯人にこれらの目的がなければ、暴行・脅迫をしても事後強盗罪にならない。


ロ.暴行・脅迫の相手  -その人が「取り返そう・捕まえよう」としていなかった。それでも強盗罪-


暴行・脅迫の相手は、

・その者に暴行・脅迫を加えれば、「取り返されない・捕まらない・盗ったことを隠せる・証拠をなくせる」と考えられるような人であればよい。
・その人が実際に「取り返そうとした・捕まえようとした・窃盗行為を見た・証拠を手に入れたかどうか」は関係ない。
・また犯人の暴行・脅迫によって、その人から「取り返されなかった・捕まらなかった・犯跡を隠すことができた・証拠を湮滅できたかどうか」も関係ない。


ハ.暴行・脅迫の程度  -その人がへっちゃらでも強盗罪-


・暴行・脅迫は「相手方の反抗を抑圧することができる程度」であればよい。
・「その暴行・脅迫によって実際に相手方を抑圧できたかどうか」は関係ない。

この点は強盗罪の暴行・脅迫と同じである。


・但し、強盗罪の暴行・脅迫より「軽い程度の暴行・脅迫」でも事後強盗罪は成立する。

それは、強盗罪の暴行・脅迫が「財物を奪うために」行うものであるのに対し、
事後強盗罪の暴行・脅迫は「取り返されない・捕まらない・盗ったことを隠す・証拠をなくするために」行うものだからである。

暴行・脅迫の目的が違うので、「相手方の反抗を抑圧することができる程度」も違うのである。


ニ.暴行・脅迫の場所、時間  -万引きの翌日、目撃者に『俺が万引きしたことをチクッたらボコボコにするぞ!』と言っても強盗罪にはならない-


強盗罪は暴行・脅迫が先に行われる。

事後強盗罪は強盗罪と同じに扱うのだから、事後強盗罪の暴行・脅迫は「窃盗行為に近いとき・近い場所で行われたこと」が必要である。

窃盗してからずいぶん時間が経ったあと、窃盗現場から遠く離れた場所で
「取り返されない・捕まらない・盗ったことを隠す・証拠をなくする」ために暴行・脅迫をしても事後強盗罪とはならない。


たとえば、

・犯人が万引きするときに、それを友達に見られた。
・翌日、その友達に『俺が万引きをしたことを誰かに言ったらボコボコにするぞ!』と脅した。

この脅迫は犯行から時間が経っているので、窃盗と切り離して評価される。
この場合は事後強盗罪ではなく「窃盗罪+脅迫罪」となる。


もっとも、犯人が窃盗現場から引き続き追跡されているような場合には、時間的・場所的に窃盗行為と接着していると言える。

そのような状況にあるときは、窃盗から時間的・場所的にはなれたところで暴行・脅迫をすれば窃盗罪と一緒に評価されて事後強盗罪となる。


ホ.未遂と既遂  -万引きが私服保安に抵抗したが捕まった。捕まらなかったが商品を取り戻された。強盗罪の未遂じゃない。


強盗罪では、
・暴行・脅迫をした後に「財物を奪えた場合」が既遂。
・暴行・脅迫をした後に「財物を奪えなかった場合」が未遂。

強盗罪では暴行・脅迫を先に行うが、事後強盗罪では暴行・脅迫が後から行われる。
事後強盗罪の既遂・未遂を考えるときには、強盗罪の「暴行・脅迫をした」と「財物を奪えたか奪えなかったか」の順番を逆にすればよい。


事後強盗罪では、
・「財物を奪った者」が暴行・脅迫をした場合が既遂。
・「財物を完全に奪っていない者」が暴行・脅迫をした場合が未遂である。(通説・判例)


つまり、

・①.窃盗行為を完成した者が「取り返されない・捕まらない・盗ったことを隠す・証拠をなくするために」暴行・脅迫をした場合が事後強盗罪の既遂。
・②.窃盗行為を開始したがまだ完成していない者が「捕まらない・盗り始めたことを隠す・証拠をなくするために」暴行脅迫をした場合が事後強盗罪の未遂。


①の場合、いったん窃盗行為が完成しているので、盗ったものを取り返されないために暴行脅迫を加えたときに事後強盗罪の既遂となる。
相手に盗ったものを取り返されても未遂になるわけではない。

これは、強盗罪が既遂になったあと、奪ったものを誰かに取り返されても強盗罪が未遂にならないのと同じである。


②は次のような場合である。

・女性が自分のバッグを横に置いてベンチに座っている。
・男がこのバッグを盗ろうとしてバッグに手をかけた。
・女性がこれに気づいて『泥棒!』と叫んで男の手首を掴んだ。
・男は「捕まらないために」女性を突き飛ばして逃げた。

ここで男が女性を突き飛ばしてバッグを盗って逃げたら事後強盗罪ではなくて強盗罪の既遂である。
男は女性を突き飛ばしてバッグを盗ったからである。


ヘ.刑罰  -強盗罪だから強盗致死傷罪も適用される-


「強盗として論ずる」とは「強盗として取り扱う」ということである。

刑罰は強盗罪の刑罰である。

強盗罪として取り扱うのだから、暴行・脅迫の機会に人が死傷したら強盗致傷罪となる。
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d.“万引き”が“事後強盗”になる具体例と故意の立証


イ.こんな場合に事後強盗となる


・私服保安が店外した万引犯人を呼び止める。
・G『チョット待って!保安係だけれど…、まだ清算していない商品があるよね!』

・犯人が、
  ・私服保安を突き飛ばして逃げる。
  ・持っていたバッグを私服保安に投げつける。
  ・開き直って、『俺が万引きしたというのか!』と私服保安の胸ぐらを掴んで揺する。
  ・『くるか!』とナイフを見せる。

この時点で万引き犯人に事後強盗罪となる。
すでに万引き行為は完成しているから事後強盗の既遂である。
このときに、私服保安が怪我をしたり死んだりしたら強盗致死傷罪となる。
私服保安が逃げて転び、打ち所が悪かったり搬送された病院の医者の治療が悪くて死んだ場合もおなじである。

また、私服保安に声かけされた犯人がそのまま逃げて、逃げるのに邪魔な通行人を突き飛ばした場合も事後強盗罪となる。
その通行人を突き飛ばせば、逃げ切れて私服保安に捕まらない。
犯人は「私服保安に捕まらないために」通行人を突き飛ばしたからである。
その通行人や客が死傷したら強盗致死傷罪となる。
もちろん、突き飛ばしたことが死傷の直接の原因でなくても強盗致死傷罪である。
被害者の特異体質、偶然の事故、第三者の加害が加わったとしても同じである。


もちろん、逃走している犯人が出会い頭に通行人とぶつかったような場合は事後強盗罪とはならない。
犯人は「私服保安に捕まらないために」ぶつかったのではないからである。
犯人は窃盗罪のままである。
ぶつかった通行人が死傷しても強盗致死傷罪とはならない。
窃盗罪+過失致死傷罪となる。

ぶつかったことに犯人の過失がなければ過失致傷罪のほうはなくなる。


ロ.事後強盗罪の立証  -店外10m」が必要-


万引き犯人を事後強盗罪で有罪にするためには、犯人の故意を立証しなければならない。

事後強盗罪では「窃盗の故意」と「取り返されない・捕まらない・盗ったことを隠す・証拠をなくする故意」を立証しなければならない。

この点を少し考えてみよう。


(店外10mで声かけしたら、犯人が抵抗したり逃げたりした場合)

・窃盗故意:「店外10m」で立証できる。
・事後強盗の目的:私服保安が「声かけしている」から立証できる。


(店外10mまでで声かけしたら、犯人が抵抗したり逃げたりした場合)

・万引き犯人が商品をポケットに入れて店外しようとしていた。
・しかし、私服保安の尾行に気づいた。
・犯人は『なぜ俺をつけるンだ!』と私服保安の胸ぐらをつかんで揺すった。
・または、犯人が私服保安から逃げようとして、前を歩いている客を突き飛ばした。


・窃盗故意:「店外10m」でないので立証できない。

窃盗故意が立証できなければ、その万引き犯人は窃盗犯でないことになる。

その犯人は「窃盗を開始した者」でもなければ「窃盗を完成した者」でもないことになる。
事後強盗罪は「窃盗犯が暴行脅迫を行った」場合に成立する犯罪である。
その万引き犯人を事後強盗罪で有罪にすることはできない。

この場合は暴行罪・脅迫罪でしか有罪とできない。


このように、万引き犯人の「窃盗故意」が立証できなければ、事後強盗罪も立証できない。

「店外10m」なら万引き犯人の窃盗故意が立証できるので、犯人が抵抗したら事後強盗罪も立証できる。

万引き犯人が抵抗しようとしたときに『おっと、抵抗すると強盗罪になるぜぇ!』と言えるのは“店外10m”である。

万引き犯人が店外10mを越えたら、犯人は「抵抗したら強盗罪となる」というハンデを負わされるのである。
私服保安の逮捕行為も強盗罪に相応のものが許される。

やはり「店外10m」である。
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ハ.万引きをしようとしている者へのアドバイス  -「一生を棒に振る」のが嫌なら、私服保安に声かけされたら素直に捕まろう!-



万引きは窃盗罪で「50万円以下の罰金か10年以下の懲役」である。

被害額が「成人で10000円以下・未成年で5000円以下」なら微罪処分となって刑罰を課せられることはない。
送検・起訴されても、罰金くらいで滅多に懲役刑とはならない。
もし、懲役刑となっても執行猶予がつくだろう。
※執行猶予の対象は、言い渡された刑が“3年以下の懲役・禁固、50万円以下の罰金”(刑法25条)。

万引きで捕まっても、よほどの常習でない限り刑務所に入れられることはない。
初犯なら、悪くて罰金であろう。


しかし、私服保安に抵抗したり、逃げて通行人を突き飛ばしたりすると事後強盗罪となって「5年~15年の懲役」で最低5年の懲役。
私服保安や通行人が怪我をすると強盗致傷罪となって「7年~無期懲役」で最低7年の懲役。
私服保安や通行人が死ぬと、強盗致死罪となって「無期懲役か死刑」となる。

実際には情状酌量されるから、それよりは軽くなるだろう。
しかし、長い年月を刑務所で暮らさなければならないのは確実である。


この点をよく承知しておいてもらいたい。

万引きしたのを店内で私服保安に見つかったら、その場に商品を戻すこと。
私服保安は捕まえたりしない。

店外で私服保安に声かけされたら、素直に捕まること。
捕まっても刑務所に放り込まれることはまずない。

しかし、抵抗したり逃げたりして誰かが死ねば死刑になることもある。


レストランで注文するときにはメニューの値段を見てから決めるだろう。
「犯罪を行おう」と思ったら、刑法の犯罪メニューを見て「それをするかどうか」を決めなければならない。



つづく。




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