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第11講.不作為による作為犯-何もしないのに万引きになる場合
ここから、共犯を少し説明しよう。
共犯とは犯罪を一緒に行った場合、そそのかした場合、助けた場合のことである。
わが国の最高裁は一貫して「共謀共同正犯」という考えを採っている。
これは「犯罪をしようと共謀(計画)したこと」が「犯罪行為に該る」という恐ろしい理論である。
悪ガキ三人が計画した「万引きしようぜ、俺が見張りをする。お前が盗れ、そしてお前がそれを受け取って逃げろ。』
実際に万引きしたのは一人だが、三人とも万引きをしたことになる。
この理論を理解するために共犯の知識が必要なのである。
今回はまず、「何もしないこと」が犯罪になる場合(不作為による作為犯)を考えよう。
私服保安の教育なら「何もしないで万引きをしたことになる場合」を皆で議論してみるとおもしろい。
・用語の説明-正犯・共犯,作為犯・不作為犯,間接正犯,共同正犯,共謀共同正犯,教唆犯・幇助犯
★不作為による作為犯が成立する場合
★考えてみよう「不作為による万引き」
[Ⅴ] 正犯・不作為犯・間接正犯・共犯・共同正犯・共謀共同正犯 -犯人とその仲間たちの取り扱い。
正犯・共犯は刑法第一編・総則つまり「注意書き」の部分に書かれている。
相当難しい項目である。
刑法解釈の根本には、「犯罪とは何なのか?人間の本性は何なのか?刑罰は何に対する評価なのか?」という大きな問題がある。
正犯・共犯の問題ではこれが大きく関係してくる。
素人が簡単に理解できるものではない。
深入りせずに“一応の知識”として読んでもらいたい。
どうしても深入りしたいのなら、大学へ行って勉強してもらいたい。
1.用語の説明
学説によって用語の意味合いに違いがある。
まず、以下の説明で使う用語の意味を大まかに定めておく。
・“正犯”とは「犯罪行為を直接行った者」である。
・“共犯”とは「犯罪行為を直接行ってはいないが、正犯に協力した者」である。
正犯は「自分自身で」犯罪行為を「行う」のが普通である。
しかし、「行為をしないこと」が「犯罪行為をしたこと」と同視される場合がある。
「行為をすること」を“作為(さくい)”、「行為をしないこと」を“不作為(ふさくい)”という。
・「行為をして犯罪を行った者」を“作為犯(さくいはん)、
・「行為をしないで犯罪を行った者」を“不作為犯(ふさくいはん)”と呼ぶ。
・また、正犯者が直接犯罪行為をやらなくても、他人を“道具”として使って犯罪行為をすることがある。
これを“間接正犯(かんせつせいはん)”と呼ぶ。
・さらに、複数人が分担・協力して犯罪行為を行う場合がある。
これを“共同正犯(きょうどうせいはん)”と呼ぶ。
・共同正犯は複数の者が分担して犯罪行為を行った場合だが、犯罪行為を行わなくても共同正犯とする考え方がある。
これを“共謀共同正犯(きょうぼうきょうどうせいはん)”と呼ぶ。判例の立場である。
共犯には教唆犯(きょうさはん)と幇助犯(ほうじょはん)がある。
・“教唆犯”とは正犯者に犯罪行為をする決意をさせた者。
・“幇助犯”とは正犯者の実行行為を助けた者である。
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2.不作為犯・不作為による作為犯 -何もしなくても犯罪となる
a.不作為が犯罪行為として規定されている場合 -法律に書いてある「出ていかないから住居侵入罪」
「ある行為をしないこと」が犯罪行為の内容とされている場合がある。
たとえば、
住居侵入罪は『出て行ってくれ。』と要求したのに、「出て行かなかった」場合にも成立する。
※刑法130条(住居侵入等)
「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、
又は要求を受けたにもかかわらず、これらの場所から退去しなかった者は、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」
また、「親が子どもに必要な保護をしなかった場合」には保護責任者遺棄罪が成立する。
※刑法218条(保護責任者遺棄等)
「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、
又はその生存に必要な保護をしなかっときは、3月以上5年以下の懲役に処する。」
※刑法219条(遺棄致死傷)
「前条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」
これらの場合は「不作為(何もしないこと)が犯罪行為となること」に問題はない。
b.作為が犯罪行為として規定されている場合 -法律に書いてない「助けなかったから殺人罪」
問題となるのは、「行為をすること」がその犯罪の犯罪行為として規定されている場合である。
「行為をしないこと」によってその犯罪の犯罪行為を行えるだろうか?
頭が痛くなっただろう。
例を挙げよう。
殺人罪は「人を殺した者は…」と規定されている。
「殺す」という行為を「する」のが殺人罪の犯罪行為である。
・あなたと友達が飲みに行った。
・友達がグデングデンに酔っぱらった。
・あなたと友達は飲み屋を出て、川沿いの道を駅に向かった。
・友達が川に落ちた。
・あなたは、「ワリカンでたくさん飲むからだ…。」と、友達を助けずに駅から電車に乗った。
・友達は溺死した。
あなたは殺人罪となる。
『えっ?僕は友達を川に突き落としていませんよ!
殺人罪は「人を殺す行為をした者」を罰しているンでしょう?
僕は何もやっていませんよ!』
しかし、通常人なら川に落ちた友達を救うだろう。
少なくとも救う努力をするだろう。
あなたはそれをしなかった。
あなたは友達を「見殺し」にしたのである。
あなたの「何もしなかったこと(不作為)」は「友達を殺したこと(作為)」と同じなのである。
これを“不作為による作為犯”と言う。
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c.不作為による作為犯の成立要件 -「助けなかったから殺人罪」になる場合
不作為による作為犯が成立するには次のことが必要である。
・「する義務」があったこと。
・「しなかったこと」が「したこと」と同じ程度に悪いこと。
・他の犯罪成立要件を満たすこと。
これを説明しよう。
イ.作為義務(する義務)があること -「助けなければならない」のに助けなかったこと
上例で、「川に落ちた酔っぱらい」があなたとは何の関係もない者だったとする。
あなたがこの酔っぱらいを助けないで見殺しにしても、あなたは殺人罪にならない。
倫理上の責任は問われるだろうが、刑法上の責任は問われない。
あなたには、赤の他人を救う義務が「法律的にも社会的にも」ないからである。
「しないこと」が「したこと」と同視されるのは、「そうする義務があるのに、しなかった」場合である。
「そうする義務」を“作為義務”と呼ぶ。
作為義務がなければ“不作為よる作為犯”は成立しない。
どんな場合に作為義務が生じるのだろうか?
次のように解されている。
・①.法律で定められている場合。
たとえば、夫婦間の扶助義務・親の子どもに対する監護義務。
※民法752条(同居協力扶助義務)
「夫婦は同居し、互に協力し扶助しなければならない。」
※民法820条(監護教育の権利義務)
「親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」
・②.契約などによって発生する場合
たとえば、保母さんが子どもを監護する義務・警備員が店守る義務。
・③.慣習・社会通念によって認められている場合。
・たとえば、一緒に飲みに行った者同士。
・3万円の液晶TVを買ったのに、係員が間違って10万円の液晶TVを渡した。
そんな場合には、客が係員に『間違っていますよ。』と言う義務があるだろう。
ロ.不作為が作為と同視される場合であること -「助けなかったこと」が「殺したこと」と同じくらいに悪いこと
作為義務のある者が「何もしなかった」ら、すべて「したこと」とされるわけではない。
「しなかったこと」が「したこと」と同視される程度の「悪さ(違法性)」がある場合だけである。
「同視されるかどうか」は周囲の状況を考えて裁判官が判断することになる。
ハ.犯罪成立要件を満たすこと -犯罪が成立しない場合なら「助けなくても」殺人罪とはならない
“不作為による作為犯”も犯罪であるから、これは当然のことである。
上例で、「あなたが友達を助けなかったこと」が「友達を川に突き落としたこと」と同視されたとする。
あなたは友達を突き落とさなかったけれど、突き落としたことになる。
しかし、「友達を殺すつもり」で突き落とさなければ殺人罪とはならない。
あなたに、友達を「見殺しにするつもり」がなければ、友達を助けなくても殺人罪とはならない。
“不作為による作為犯”と“作為による作為犯”の違いは「犯罪行為を実際にしたかしなかったか」という点だけである。他の犯罪成立条件は同じである。
故意がなければ犯罪とならないし、正当行為・正当防衛・緊急避難であれば犯罪とならない。
・上例で、あなたは川に落ちた友達を見てこう思った。
『この川は深くない。あいつはライフセーバーだ。川の水も冷たくないので溺れることはないだろう。』
・これなら、あなたに「友達を見殺しにする故意」はない。
・後は、あなたの過失責任が問題となるだけだ。
・殺人罪は成立せずに過失致死罪が問題とされる。
・しかし、『溺れないだろうが、溺れても構わない。』と思っていたとしたら“未必の故意”として故意があったことになる。[※第八章-Ⅱ-(2)-c]
そして、殺人罪が成立する。
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d.不作為による万引き? -「何もしなかったこと」で万引きになる場合があるか?
万引き犯人が「何もしないこと」によって「店の商品を盗る」ことができるだろうか?
・あなたが、3万円の液晶TVを買った。
・しかし、係員が間違って10万円の液晶TVを渡した。
・あなたはそれを知って、『ラッキー!』と思い黙っていた。
これは「不作為による詐欺罪」である。
・あなたには慣習・社会通念上、係員に『間違っていますよ。』という義務がある。
・その義務に反して何も言わなかったのだから、係員を騙したことになる。
・あなたは、係員を騙して10万円のTVを自分のものにしたのである。
・では、あなたがレジで商品を手渡されたときに係員の勘違いに気付かなかった。
・しかし、家に帰ってから気付いた。
この場合はどうだろう?
・「係員が勘違いしたこと」に気づきながら「何もしなかった」ことは同じである。
・あなたが、気づいた後で「「不作為による詐欺罪」が成立するだけである。
こんな場合はどうだろう。
・あなたが、買った商品をカートに載せて押していた。
・そして、家電売場で炊飯器の横を通ったときに地震があった。
・地震の揺れで商品棚に展示してあった炊飯器があなたのカートの上に転げ落ちてきた。
・あなたはそれを知っていて『ラッキー!』とそのまま店外した。
・あなたには社会通念上、「炊飯器を売場に戻す義務」があるだろう。
・売場に戻す義務がありながら、あなたはそれをしなかった。
・しかし、「売場に戻さなかったこと」で誰も騙していない。
・不作為による詐欺ではない。
・今度は「何もしなかった」ことが「盗る行為をした」かが問題となる。
これが「不作為による万引き」だろうか?
・この場合あなたは「何もしなかった」わけではない。
「炊飯器を商品棚からカートに載せる」行為はしなかったが、「炊飯器をカートに載せて、店の外へ持ち出す」という行為をしている。
・これが「盗る行為」となる。
あなたは「不作為によって盗った」のではなく「作為によって盗った」のである。
これは「作為による万引き」である。
・ではこの場合に、「あなたが家に帰ってからそのことに気づいた。しかし『ラッキー!』と思ってそのままにしておいた」ならどうだろう?
・あなたには、「そのことを店に連絡して、炊飯器を取りに来てもらう」か「後日、炊飯器を店に持っていく」義務がある。
・あなたは「店に炊飯器を返す義務」がありながら「何もしなかった」のだから、「炊飯器を盗った」ことになる。
・そして、それは「作為で炊飯器を盗ったこと」と同じ程度の“悪質さ”があるだろう。
このような場合が“不作為による万引き”なのだろう。
同様のことは、
・あなたの知らない内にポケットに商品が入っていた場合。
・知らないオジサンが商品をあなたのポケットに入れた場合にも言えるだろう。
この場合、あなたが「それは店の商品であることを知っていて」そのまま何もしなければ「盗ったこと」になるだろう。
万引き犯が『僕はそんな商品は知らない。誰かが入れたか、勝手に入ってきたのだ。』と見え見えの言い訳をすることがある。
そんな犯人には“不作為による作為犯”を説明してやろう。
万引き犯人がドライヤーをカートに載せて店外する。
私服保安が声をかける。
犯人が言い訳する。
犯『えっ?このヘアドライヤー?僕はこんなもの知らないよ!誰かがいたずらで僕のカートに載せたンだな…。』
保『でも、君は店外してからそのヘアドライヤーを見ていたじゃない。』
犯『そうなンだヨ!「何でこんなヘアドライヤーが僕のカートに載っているンだ?」と見ていたンだよ。』
保『では、なぜ店に戻らなかったの?君はそのまま行こうとしたじゃない。』
犯『僕は、このヘアドライヤーなんか一度も触っていないよ!』
保『それは“不作為による窃盗行為”と言って、「盗ったこと」と同じになるンだ!』
素人には分からない法律用語を持ち出して、犯人に白旗を上げさせるのもよい。
もっとも、実際はこのように運ばない。
犯『“不作為による窃盗行為”?オジサンは法律に詳しいンだね!じゃあ、今から僕が言うことも分かるよねぇ?
・確かに僕は「何でこんなヘアドライヤーがあるンだ?」と不思議に思ったよ。
・でも、僕は「このヘアドライヤーが店の商品に違いない」とは思わなかったンだよ。
・「店の商品に違いない」と思えば、僕には「店に戻って返す」義務があるでしょう。
しかし「そう思っていない」のにそんな義務があるの?
・そんな義務があるなら、サンタさんが持ってきたプレゼントはみんな店に返さなくてはならないよ!』
保『えっ?…。』
こんな万引き犯人の反論で言いくるめられてはいけない。
結局、この犯人は『盗っていない』と言っているだけなのである。
声かけした犯人が『盗っていない』と言うのは日常茶飯事である。
『盗っていない』と言い訳する万引き犯人を捕まえられないのでは私服保安は務まらない。
『ゴチャゴチャと屁理屈を並べていないで、さっさと保安室へ来い!保安室でゆっくり説明してやるから。』と保安室へ連れてくればよいだけである。
『来い!』は命令になるから少々マズイが…。
つづく。
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