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第16講.違法収集証拠排除則と最高裁の立場
個人には基本的人権が保証されている。
それは生まれながらの権利で誰によっても奪われないし、国民の総意で憲法を改正しても奪われない。
憲法31条は「各人に法定手続が保証されている」ことを確認し、刑法により「犯罪と刑罰」があらかじめ定められている。
そして、「犯罪に該るかどうかを調べる方法」が刑事訴訟法に細かく定められている。
刑事訴訟法は被告人と検察の「有罪・無罪を争う試合」のルールブックであり、このルールに基づいて公平な試合が行われなければならない。。
しかし、個人である被告人と国家権力である検察ではその力の差が大きく、実際には検察のルール違反が通ってしまい、個人の基本的人権が害される。
そこで、考え出されたのが違法収集証拠排除則。「検察がルール違反をした場合にペナルティを与える」というもの。
そのペナルティは「違法手続で得られた証拠は証拠としない」こと。
違法収集証拠排除則は通説だが、最高裁もやっと思い腰を上げ始めた。
最高裁は「証拠押収手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があれば、その証拠に証拠能力はない。」と違法収集証拠排除則を認めながらも、
個別事案については「本件は違法な押収手続であったが、重大なものでなかった。」と判断して、違法押収手続で得られた証拠を排除しなかった。
しかし、最高裁平成15年2月14日では「採尿に任意性がない」として、覚醒剤反応の鑑定書の証拠能力を否定し「覚醒剤使用」を無罪とした。
警察・検察の「任意という名の強制」や「騙し」は違法収集証拠排除則によってだんだんと通用しなくなっていくだろう。
私服保安は警察・検察のような権力を持ってはいない。
しかし、「捕まえられた万引き犯人」に対して優位的な立場にあることはまちがいない。
私服保安の「任意という名の強制・だまし」も慎まなければならないだろう。
★違法収集証拠排除則
・違法収集証拠排除則を初めてみとめた判例(最高裁昭和53年9月7日)
・違法捜索の方法を少し拡げた判例(最高裁昭和63年9月16日)
・違法収集証拠を初めて排除した判例(最高裁平成15年2月14日)
・違法収集証拠排除則の今後-私人の違法逮捕や違法捜索にも適用されるときがくるかもしれない
[Ⅵ] 違法収集証拠排除法則 -「ルール違反」で手に入れた証拠は証拠とならない
1.違法収集証拠 -警察官がルール違反で手に入れた証拠
違法収集証拠とは「違法な手続によって得られた証拠」である。
たとえば警察官が、
・捜索令状がないのに家宅捜索をして覚醒剤を見つけた。
・逮捕状がないのに逮捕して、逮捕後の所持品検査で覚醒剤を見つけた。
・職務質問中に相手の同意を得ないで、ポケットに手を突っ込んで覚醒剤を見つけた。
このような違法手段で発見された覚醒剤が違法収集証拠である。
2.違法収集証拠排除則 -「ルール違反」のペナルティは「証拠としない」こと
(違法収集証拠の取り扱いは法律に規定がない)
違法な行為をした警察官が刑事責任・民事責任を負わされるのは当然である。
問題は「違法収集証拠をどう取り扱うか」である。
強制された自白については、「証拠能力なし」と定められている。(憲法38条・刑訴法319条)
しかし、違法収集証拠についての規定はない。
(物の信用性は適法でも違法でも変わらない)
強制された自白は信用性がない。
しかし、“物”は適法手続で見つけても違法手続で見つけても、形や内容が変わることはない。
捜索令状を得て捜索しようと捜索令状なしで違法に捜索しようと、見つかった“覚醒剤”は“覚醒剤”である。
その覚醒剤の証拠としての価値には変わりがない。
(違法収集OKとなると警察の違法行為が横行する)
だからと言ってそれを認めてしまえば、違法手続が横行し令状主義(憲法35条・刑訴法218条1項)・法定手続の保障(憲法31条)を定めた意味がなくなってしまう。
憲法38条が「自白を強要されない」とし「強要された自白の証拠能力を否定した」のは、「自白を強要することを防止するため」でもある。
これと同じように、違法収集証拠の証拠能力を否定するべきではないのか?
「真実の追及」よりも「個人の人権を守る」ことの方が大切ではないのか?
これが“違法収集証拠排除則”である。
「証拠を排除する」とは「証拠能力を認めない」ことである。
(刑事裁判は検察と被告人の公平な試合)
この考え方はアメリカで採られているものである。
アメリカでは刑事裁判を検察と被告人との公平な試合と考えている。
ルール違反があれば、ペナルティが科せられるのは当然である。
洋画の刑事物で、刑事が犯人を逮捕するときに『君には黙秘権がある。弁護人をつける権利がある。…。』という場面があるだろう。
この“権利告知”もルールの一つなのである。
(日本でも違法収集証拠排除は通説)
違法収集証拠排除則は通説である。
下級裁判所でこの排除則を認めるようになってきた。
いつも“最後”は最高裁判所である。
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3.判例 -最高裁はなかなかレッドカードを出さない
・最高裁は昭和53年9月7日に、
「証拠物の押収手続に、令状主義(憲法35条・刑訴法218条1項)の精神を没却するような重大な違法があれば、その証拠に証拠能力はない。」と違法収集証拠排除則を認めた。
但し、「本件は違法な押収手続であったが、重大なものでなかった。」と判断して、違法押収手続で得られた証拠を排除しなかった。
・その後、「重大な違法押収手続ではなかったから排除しない。」との判例が続いた。
・しかし、最高裁平成15年2月14日に、違法逮捕後の任意採尿につき排除則を使って証拠能力を否定した。
・現在のところ最高裁の“違法収集証拠排除”は次のようなものである。
『令状主義の精神を無にするような、重大な違法手続によって得られた証拠は証拠として 採用しない。』
それでは、最高裁判例を具体的にみてみよう。
a.最高裁昭和53年9月7日
最高裁で初めて違法収集証拠排除則が認められた判例である。
イ.事案
・深夜、警察官がパトカーでラブホテル街を巡回していた。
・男が車を止めて、遊び人風の男3~4人と話をしている。
・パトカーが近づくと、男は車を発車させた。
・遊び人風の男たちも車の後について逃げた。
・この場所は覚醒剤事犯や売春事犯の検挙が多い場所である。
・警察官が男を職務質問した。
・男は免許証を提示。
・車の中を見ると、ヤクザの組の名前と大紋が入ったふくさが置いてあり、そこから賭博道具の札が10枚くらい見えている。
・男は青白い顔をして覚醒剤中毒のようだ。
・警察官が男に下車を求めた。
・男は素直に下車する。
・警察官は男に所持品の提示を求めた。
・男は『見せる必要はない。』と拒否する。
・遊び人風の男たちが近づいてきて、『お前らにそんな事をする権利があるンか!』と罵声を浴びせる。
・警察官は応援を要請。
・警察官4名が到着。
・警察官はもう一度、男に所持品の提示を求める。
・男は内ポケットから目薬を出した。
・警『他のポケットも触らせてもらうぞ。』
・男は黙ったまま。
・警察官が男のポケットを触ると、凶器ではないが「何か固いもの」が手にあたった。
・警『ポケットに入っている「その固いもの」を出してくれ。』
・男は黙ったまま。
・警『いいかげんに出してくれ!』
・男は黙っている。
・警『それなら出してみるぞ!』
・男はブツブツ言いながら不服そうである。
・警察官は男の内ポケットに手を入れて固いものを取り出した。
・プラスチックケースとちり紙に包んだものが出てきた。
・プラスチックケースの中には針注射針が1本入っている。
・警察官は男の前で「ちり紙に包んだもの」を開けた。
・「ビニール袋入に入った覚醒剤のようなもの」が入っていた。
・「ん?」
・別の警察官が、「男が脇の下に何かを挟んでいる」のを見つけてそれを取り出した。
・それは、万年筆型の注射器であった。
・警察官は男をパトカーに乗せ、「ビニール袋に入った覚醒剤のようなもの」を試薬で検査した。
・覚醒剤反応が出た。
・警察官は男を覚醒剤所持の現行犯で逮捕した。
ロ.争点
職務質問(警職法2条1項)の際にした、覚醒剤の押収が違法かどうか。
ハ.原審
・覚醒剤の押収を違法押収と判断。
・違法収集証拠排除則で覚醒剤等の証拠能力を否定
・男は無罪。
ニ.最高裁の判断
(判断)
・覚醒剤の押収を違法押収と判断。
・しかし「重大な違法ではないので排除則は適用されない。」として押収された覚醒剤の証拠能力を認めた。
・男は有罪。
(理由)
①.職務質問に付随して行われる所持品検査は「承諾を得て」しなければならない。
②しかし、所持品検査の必要性・緊急性が相手のブライバシーを守ることより勝れば、例外的にある程度の所持品検査が「承諾がなくても」行える。(最高裁昭和53年6月20日)
③本件の具体的状況では、所持品検査の許容限度を越えているので違法。
④証拠物の押収手続に、「令状主義(憲法35条・刑訴法218条1項)の精神を没却するような重大な違法があれば」その証拠には証拠能力がない。
⑤本件の所持品検査には、男がはっきりと拒否をしなかったこと・強い強制力を使ったものではないことを考えると、違法ではあるが重大な違法とは言えない。
⑥重大な違法がないから、証拠能力は認められる。
※男が所持品検査をはっきりと拒否したのに強い強制力を使って所持品検査を行えば、発見された覚醒剤は違法収集証拠となって、男は無罪になったのか?
★★15
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b.最高裁昭和63年9月16日
上の最高裁判断と同様のものである。
しかし、違法逮捕の後でなされた「犯人がはっきりと拒否しなかった所持品検査」・「犯人が任意でした採尿」を「違法逮捕の影響下でなされた」ものとして違法捜索としている。
だんだんと“警察官の騙し”も通用しなくなっていく。
イ.事案
・警察官がパトカーで巡回中、暗い路地から出てくる暴力団風の男を見つけた。
・男は覚醒剤常用者特有の顔をしていた。
・警察官は覚醒剤使用を疑って男に職務質問した。
・男が逃げ出した。
・警察官は男を追った。
・男が転んだ。
・応援の警察官も加わって、4人で暴れる男を取り押さえた。
・警察官は「男が凶器を持っているかどうか」を調べるために男の着衣を探る。
・凶器は持っていないようだ。
・野次馬が集まってきた。
・警察官は「ここで、職務質問を続けるのは適当でない。警察署は車で2~3分だ。」と判断。
・男に警察署への同行を求めた。
・男はパトカーに両手をつっぱって乗るのを拒否した。
・警察官が男を説得する。
・男は渋々、パトカーの後部座席に乗った。
・「ん?男が、今何か落としたぞ。」
・一人の警察官が男の落とした紙包みを拾った。
・警『これはアンタのものか?』
・男『知らない。』
・その警察官は紙包みを開いた。覚醒剤のようなものが入っていた。
・「覚醒剤だな…。」
・警察官は紙包みを押収した。
・男はパトカーの中で暴れた。
・二人の警察官が両側から男の手首を握り、男を制止したまま警察署へ向かった。
・警察署に着いた。
・男が暴れそうなので、警察官は両側から男を抱えるようにして4階にある取調室へ連れてきた。
・やっと、男の態度が落ち着いてきた。
・警察官の職務質問が再開された。
・警『氏名と生年月日は?』
・男は免許証を取り出して机の上に置いた。
・警『持っているものを出してくれないか?』
・男はふてくされた態度で上衣を脱いで、机の上に投げ出した。
・警察官は「男が所持品検査の黙示の了解をした」と判断して、机の上の上衣を調べた。
・何も入っていない。
・別の警察官二人が男の着衣を調べた。
・男の左足首付近の靴下が膨らんでいる。
・それを、一人の警察官が取り出した。
・「覚醒剤のようなもの」と「注射器・注射針」であった。
・警察官は「この覚醒剤のようなもの」と「男がパトカーに乗るのを抵抗したときに落としたもの」を試薬で検査した。
・覚醒剤反応が出た。
・警察官は男を覚醒剤所持容疑で現行犯逮捕した。
・警察官は男に「任意の採尿検査」を求めた。
・男は弁護士の立ち合いを求めこれを拒否。
・警察官は更に説得した。
・男はやっと同意して、尿を任意提出した。
・尿から覚醒剤反応が出た。
・男は覚醒剤所持と覚醒剤使用で起訴された。
(証拠は)
α.男がパトカーに乗るのを抵抗したときに落とした覚醒剤とその鑑定書。
β.男が靴下に隠していた覚醒剤とその鑑定書・注射器・注射針。
γ.男が任意提出した尿の鑑定書。
ロ.争点
①.警察官が男を取調室へ連れて来たことは違法逮捕ではないのか。
②.警察官が靴下から覚醒剤等を取り出したのは違法捜索・押収ではないのか。
③.男が任意提出した尿は「違法逮捕に密接に関係している」から違法収集証拠ではないのか。
ハ.最高裁の判断
(①について)
・本件の周囲の状況を考えると違法逮捕・違法連行である。
(②について)
・男がふてくされた態度で上衣を投げ出したからと言って、所持品検査に対する「黙示の承諾」があったとは言えない。
・本件の所持品検査は、違法な逮捕・連行の影響下でこれを利用して行われたものである。
・これらのことから、本件の所持品検査は違法捜索・押収にあたる。
(③について)
・採尿は任意で行われているが、「違法逮捕・連行・捜索によってもたらされた状態を利用して、引き続き行われたもの」であるから違法である。(最高裁昭和61年4月25日)
(違法収集証拠排除則の適用基準)
・違法捜索で得られた証拠は、「憲法の保証する令状主義の精神を没却するような重大な違法があったときに」証拠能力を否定される。(最高裁昭和53年9月7日)
(結論)
・本件の違法逮捕・連行・捜索は重大な違法性があるとは言えないので、証拠の証拠能力は認められる。
※「重大な違法性があり、証拠の証拠能力は否定される。」との反対意見があった。
★★01
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※トライクの法的取り扱い
c.最高裁平成15年2月14日
最高裁が「実際に違法収集証拠を排除した」初めての判例である。
イ.事案
・Aには窃盗罪容疑で逮捕状と家宅捜索令状が出ていた。
・Aが自宅にいることがわかった。
・警察官3人が「逮捕状を持たずに」Aの自宅に行った。
・警察官はAに任意同行を求めた。
・Aはこれを拒否して逃げ出した。
・警察官は3人かかりでAを取り押さえた。
・警察官はAを警察署へ連れて行き、警察署で逮捕状を見せた。
・警察官は「違法逮捕」が問題となるといけないので、「逮捕現場で逮捕状が執行された」と“ウソの書類”を作った。
・その日の夜、警察官はAに任意の採尿検査を求めた。
・Aはそれに応じて尿を任意提出した。
・Aの尿はすぐに鑑定に回された。
・尿から覚醒剤反応が出た。鑑定書を作成。
・警察官はこの鑑定書を疎明資料として、覚醒剤に対するA宅の家宅捜索令状を請求。
・裁判官はこの鑑定書に基づいて覚醒剤の家宅捜索令状を出した。
・警察官は、以前から出ていた窃盗容疑の家宅捜索令状と覚醒剤所持容疑の家宅捜索令状を執行。
・覚醒剤を発見、押収。
・Aは覚醒剤所持・覚醒剤使用で起訴された。
(証拠は)
α.Aが任意提出した尿の鑑定書(覚醒剤使用容疑)。
β.A宅の家宅捜索で押収された覚醒剤(覚醒剤所持容疑)。
・原審で「逮捕状無しの逮捕があったかどうか」が問題となった。
・警察官は「逮捕状を見せた」とウソの証言をした。
・原審は「逮捕状無しの逮捕」を認定した。
ロ.原審
①.覚醒剤使用無罪
(α について)
・違法逮捕後の任意採尿は「違法逮捕の影響下でなされたもの」であるから違法。
・Aの任意提出した尿は証拠能力なし。
・証拠能力のない尿の鑑定書に証拠能力なし。
②.覚醒剤所持無罪
(β について)
・尿の鑑定書は証拠能力なし。
・証拠能力のない鑑定書に基づいて出された「覚醒剤所持容疑での家宅捜索令状」は無効。
・無効な捜索令状でなされた家宅捜索は違法。
・違法な家宅捜索で押収された覚醒剤の証拠能力なし。
ハ.最高裁の判断
①.Aの逮捕は違法
②.αについて
・Aが任意提出した尿は「違法逮捕から間がないときになされ、違法逮捕に密接に関係している」から違法収集証拠であり証拠能力なし
・証拠能力のない尿の鑑定書も証拠能力なし。
・尿の鑑定書は「覚醒剤使用」の証拠とはならない。
③.β について
・「覚醒剤使用」の証拠とはならない鑑定書で家宅捜索令状が出た。
・家宅捜索令状は「覚醒剤使用」について無効。
・家宅捜索は「覚醒剤使用」について違法。
・押収された覚醒剤は「覚醒剤使用」について違法収集証拠となり、「覚醒剤使用」について証拠能力なし。
・尿の鑑定書は「覚醒剤使用」について証拠能力がないが、覚醒剤所持は疑える。
・家宅捜索令状は「覚醒剤持」については有効。
・家宅捜索は「覚醒剤所持」については違法でない。
・押収された覚醒剤は「覚醒剤所持」については違法収集証拠ではなく証拠能力がある。
④.結論
・覚醒剤使用無罪。
・覚醒剤所持有罪。
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4.違法収集証拠排除則の今後 -これからは警察のルール違反にどんどんレッドカードが出るだろう
違法収集証拠排除則はやっと判例で認知され、歩き始めたばかりである。
学説は『違法収集証拠排除則を物だけでなく供述にも適用するべきだ。』と主張する。
・令状主義に反した手続で得られた証拠を排除するのは「令状主義を保障するため」である。
・それなら、その証拠が“物”であろうと“供述”であろうと同じである。
・この立場では「違法逮捕後の取調べで得られた供述は証拠とならない」ことになる。
これから、違法収集証拠排除則はどんどん成長していくだろう。
「真実の追及」よりも「個人の人権保障」の方が尊重されるべきだからである。
ずっと先であろうが、私人のした違法逮捕・違法捜索に違法収集証拠排除則が適用されるかもしれない。
私服保安が違法捜索押収・違法現行犯逮捕をした場合と違法収集証拠排除則の適用を考えてみよう。
a.私服保安と違法収集証拠排除則 -私服保安のルール違反にもレッドカード?
イ.例1
・現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある。
・警察官がこの制限を越えて万引き犯人を現行犯逮捕した。
・違法現行犯逮捕である。(警察官には逮捕・監禁罪,特別公務員暴行陵虐罪などが成立)。
・警察官は逮捕後に令状無しで捜索・押収・検証ができる。
・警察官は万引き犯人のバッグから「盗った商品」見つけて押収した。
・これは“違法逮捕により得られた証拠”で違法収集証拠である。
・この違法収集証拠に排除則が適用されれば、犯人の持っていた「盗った商品」は証拠とならない。
・犯人は無罪となる。
最高裁が「時間制限・距離制限を越えた違法現行犯逮捕」を「憲法の令状主義を無にするような重大なものである」と判断すれば排除則が適用されるだろう。
現在の最高裁ではこの程度の違法逮捕なら「重大な違法」と判断しないであろう。
しかし、違法逮捕であることには変わりがない。
そんなに遠くない将来に認められるかもしれない。
ロ.例2
・私服保安が距離制限・時間制限を越えて万引き犯人を現行犯逮捕した。
・警察官が私服保安の現行犯逮捕を引き継いだ。
・警察官が犯人の所持品検査をして「盗った商品」を押収した。
例1では「警察官のした違法現行犯逮捕」のあとの「警察官の所持品検査・押収」
例2では「私人のした違法現行犯逮捕」のあとの「警察官の所持品検査・押収」
現行犯逮捕を一つのものと見れば、例1と例2では変わりがない。
例1に違法収集証拠排除則が適用されるのなら、例2にも違法収集証拠排除が適用されるだろう。
もちろん、私服保安には逮捕・監禁罪が成立する。
ハ.例3
・私服保安が万引き犯人を適法に現行犯逮捕した。
・その後、犯人が拒絶するのに無理やりバッグを調べて「盗った商品」を見つけた。
・私人は現行犯逮捕後に捜索・押収ができない。
・これは違法捜索である。
私服保安は強要罪・窃盗罪となるが、この違法捜索によって得られた証拠物に違法収集証拠排除則が適用されるか?
例2では私人のした違法現行犯逮捕のあとに警察官がその逮捕を引き継いでいるのが、
例3では警察官は登場しない。
私人の違法行為によって得られた証拠に違法収集証拠排除則が適用されるだろうか?
違法収集証拠排除則は公権力と私人の間のルール違反を対象にしている。
しかし、公権力がルール違反をしようと私人がルール違反をしようと犯人にとっては同じである。
犯人から見ればそのルール違反によるペナルティは「自分を追及する側」に課せられるべきである。
これらは若き法律学者に任せよう。
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b.違法収集証拠排除則を進展させるために -誰かが裁判に持ち込まないとらちがあかない
イ.裁判所に課せられたハンディキャップ-裁判所は事件が裁判にならないとレッドカードを出せない
前に「時代に最もそぐわない解釈が最高裁判所の解釈だ」と述べた。
学生が新しい解釈論・解釈態度を学び、裁判所判事になってそれを判決に生かすのには時間がかかる。
この点から「最後はいつも最高裁判所」なのである。
最高裁判所判事の頭が固いわけでも、最高裁判所が権力に味方しているわけでもない。
また裁判所には「新しい解釈を判決に生かす」ことに対するハンディキャップがある。
それは“事件性”と“三審制”である。
(事件性)
裁判所は具体的な争訟事件について判断することしかできない。(通説・判例)
※裁判所法3条(裁判所の権限)
「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」
裁判所は「具体的な争いを解決するとき」にしか法律解釈を表現できないのである。
具体的な争いを持ち込まれていないのに、それを離れて「当裁判所ではこの点はこう解釈します」と前もって示すことができないのである。
ある点について解釈が分かれても、それを誰も裁判で争わなければ「裁判所の解釈」はいつまでたっても出ないのである。
(三審制)
三審制とは「どんなことでも裁判を三回受けることができる」というものではない。
各審で「どの点について裁判するか」が決まっている。
簡単に言えば、
・第一審は事実に関する裁判。
・第二審(高等裁判所)は法律の適用・解釈に関する裁判。
・第三審(最高裁判所)は憲法解釈・判例解釈に関する裁判。
第二ラウンド(高等裁判所)に事件を持ち込むためには、「第一審の法律適用・解釈に間違い」がなければならない。
第三ラウンド(最高裁判所)に事件を持ち込むためには、「第二審の法律適用・解釈が憲法・判例に反すること」または「第二審で適用された法律が憲法に反すること」が必要である。
※刑訴法405条(上告のできる判決・上告申立理由
「高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
1.憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。
2.最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。
3.最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。」
つまり、最高裁判所の解釈は憲法違反・判例違反が問題となった場合にしか出せないのである。
このように裁判所・最高裁判所には「自分の解釈を示す」チャンスが少ないのである。
学者のように「いつでも自分の解釈を示すこと」ができないのである。
違法収集証拠排除則の判例(最高裁判所解釈)を進歩させようと思えば、
誰かが自分の刑事裁判で憲法違反・判例違反を主張して最高裁判所に事件を持ち込まなければならないのである。
万引き犯人の中に「骨のある者」は少ない。
私服保安の時間制限・距離制限を越えた違法逮捕を争う気持ちなど持ち合わせていないだろう。
ましてや、その違法逮捕後に発見された証拠の証拠能力を違法収集証拠排除則で争う者など皆無であろう。
たとえ、裁判に持ち込まれたとしても、
最高裁は、「公権力による違法行為」についてさえ違法収集証拠排除則を適用するのに消極的である。
そんな最高裁が「私人の違法行為に違法収集証拠排除則を適用する」ことなどあるはずがない。
しかし、私服保安は「刑事被告人である万引きと公権力の公正な試合」に協力しなければならない。
「任意という名の強制」や「騙し」は公権力に加担し、万引き犯人を不利にして、公正な試合を害するものであると考えなければならない。
つづく。
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