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第15講.共同正犯・共謀共同正犯





今回は「前近代的法律論」と批判されている、わが国の共謀共同正犯論。
学説が大反対しても判例はこれを頑として受け付けず、実務で定着してしまった。

共同正犯とは、共同者が「互いにその行為を利用し合い、補充し合って」犯罪行為を完成させた場合である。
お互いがお互いの行為を利用し合ったから、自分が発生させた犯罪結果だけでなく「発生した犯罪結果全部をお互いが発生させた」と取り扱う。
そこには「共同して犯罪を行おうとする意思」と「各自が犯罪行為の一部を行ったこと」が必要になる。

しかし、共謀共同正犯論では「共同して犯罪を行おうとする意思」があれば、自分が犯罪行為の一部を行っていなくても共同正犯となる。
犯罪計画(謀議)に参加して、誰かが犯罪を実行すれば、計画に参加した者全員が共同正犯となる。
これは「犯罪実行行為に手を染めず、それをやらせている首謀者」を捕まえるための理論であるが、
これは、犯罪実行行為を行っていない者を「行った」とするもので罪刑法定主義に反する。

共謀共同正犯論は刑法を「国家の権利濫用から個人の権利を護るためのもの」ではなく「犯罪から社会を護るためのもの」ととらえているようだ。
共謀共同正犯論の主張する「共同意思主体」というものも「こじつけ」のようで少々滑稽(こっけい)でもある。


共同正犯とは
共同正犯の成立要件-共同実行の意思と共同実行の事実
共同意思主体と共謀共同正犯論
学説は大反対、判例と実務は定着


    
5.共同正犯と共謀共同正犯  -皆でやってもワリカンにならない!


a.共同正犯  -手分けしてやっても「他人がやった分」まで支払わされる


“共同正犯”とは「一つの犯罪の実行行為を複数で分担して行った」場合である。


イ.(例)夫の仇を捜す奥方と浪人の恋


「夫の仇討ち」に残り人生をかけた若い奥方。

旅の途中で浪人侍に出会いお互いに心をひかれる。

二人は遂に仇かたきを捜し当てた。

その朝、奥方はたすきを掛けてキリリと白い鉢巻き。

奥方のそばには浪人侍。


『主人の仇!』奥方が短刀の鞘さやを払って仇に突っ込んだ。

仇がこれをかわした。

勢い余って、前のめりで地面に転ぶ奥方。

このとき、浪人侍の大刀が仇の肩口から切り下ろされた。

のけぞる 仇。

『今だ!』浪人侍が叫ぶ。

奥方は起き上がり、短刀の柄をしっかりと脇腹に当てて仇に体をぶつけた。

HAPPY END.


武家社会ではそうなるだろうが、現行刑法では二人とも殺人罪の共同正犯となる。

共同正犯とは、共同者が「互いにその行為を利用し合い、補充し合って」犯罪行為を完成させた場合である。
お互いがお互いの行為を利用し合ったから、自分が発生させた犯罪結果だけでなく「発生した犯罪結果全部をお互いが発生させた」とするのである。

浪人侍が与えた切り傷と奥方が与えた切り傷のどちらが原因で仇が死んだかは問題とされない。
二人が協力しあって結果を発生させたのだから、二人ともその結果全部にたいして責任を負わされる。


もちろん、助太刀(すけだち)した浪人侍は教唆犯や幇助犯とはならない。

教唆行為や幇助行為は「犯罪実行行為以外の行為」で相手を教唆したり幇助したりする場合である。

浪人侍が犯罪実行行為をした以上、正犯である。
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ロ.共同正犯の成立要件-共同実行の意思と共同実行の事実


共同正犯が成立するには、次の二つが必要である。

①共同して実行行為を行おうとする意思。
②共同して実行行為を行ったこと。


①.共同で実行行為を行おうとする意思


①の「共同して実行行為を行おうとする意思」は、お互いに了解していなければならない(通説・判例)。
一方だけが持っていただけなら共同正犯とはならない。


上例で、

仇を討とうとする前夜、奥方は浪人侍に姿勢を正してこう言った。
『助太刀(すけだち)は御無用に願います。私一人で仇を討ちます。見届け役をお願いします。』

浪人侍も姿勢を正して答えた。
『それが真の武士の道。しっかりと見届けさせていただきます。ご本懐(ほんかい)をお遂げください。』

しかし、彼はこう考えていた。
「こんな素敵な女性を死なせてたまるか!これで、やっと所帯しょたいが持てると思ったのに…。」

彼は助太刀をするつもりだったのである。


これでは「共同実行の意思」がないので共同正犯とならない。

共同正犯とは、共同者が「互いにその行為を利用し合い、補充し合って」犯罪行為を完成させた場合である。

お互いがお互いの行為を利用し合ったから、自分が発生させた犯罪結果だけでなく「発生した犯罪結果全部をお互いが発生させた」とするのである。

片方だけが「共同実行の意思」を持っているだけでは「利用し合った」とは言えない。

この点は「一方的に幇助意思を持っていた場合にも幇助犯が成立する」ことと異なる。


この場合、浪人も奥方も仇を斬っているが、共同正犯ではないから二つの犯罪が同時に起こったこととなる。

「浪人が仇を斬ったこと」と「奥方が仇を刺したこと」は別々に評価される。

「仇が死んだのが、どちらの行為によるものか?」が調べられる。

仇が死んだのは浪人が斬ったことが原因で、奥方の短刀による刺し傷はそんなに関係していなければ、浪人は殺人既遂罪・奥方は殺人未遂罪・傷害致死罪となる。

共同正犯なら、浪人も奥方も殺人既遂罪である。


なお、「お互いの了解」は暗黙の了解でもよいし、他人を介してなされてもよい。

また、犯罪行為の前ではなくて、犯罪行為の途中でもよい。(判例)

上例で、奥方が浪人侍の共同意思に途中で気づいた場合は共同正犯となる。


②.共同して実行行為を行ったこと


・AがB,C,D,Eを集めて「革靴の大量窃盗」を持ち出した。
・Aが首謀者である。
・B,C,D,E の中でDがボスである。
・Dは実行部隊リーダーで、見張りをして現場の指揮をとる。
・Bが靴を棚から取る。
・Cがそれをバッグに入れて店の外に持ち出す。
・Aがそれを受け取って逃げる。
・EはB・C・Dを待って、車に乗せて逃げる。
・Aは報酬として、Dに10万円、B・Cに2万円、Eに1万円を支払う。

・計画通りに事は進んだが、全員捕まった。。

・Aは「窃盗罪の教唆犯+盗品譲受罪」 → 最高、懲役15年(10年×1.5)。
・BとCは「窃盗罪の共同正犯」 → 最高、懲役10年。
・Dは「窃盗罪の幇助犯」 → 最高、懲役10年×1/2=最高、懲役5年。
・Eは窃盗罪完了後の逃走援助だから「犯人蔵匿罪」 → 最高、懲役2年。

A,B,C,D,E の全員に「共同実行の意思」はある。
しかし、実際に窃盗行為をしたのはBとCだけで、計画したA,ボスのD,盗品を持って逃げたE は窃盗行為をしていない。
この場合は、BとCの間に共同実行はあるが、B・CとA・D・Eの間に共同実行はない。
だから、A,D,E は窃盗罪の共同正犯とはならない。

これで、不公平を感じないだろうか?

リーダー格のDの刑罰がB・Cに比べて軽くないだろうか。

実行部隊を指揮したDは、B・Cよりも“悪い”のではないのか。

各人に言い渡される刑は個別に判断されるので、DがB・Cより重い刑が言い渡されることもある。

しかし、Dは“正犯”ではなく、あくまで“幇助犯”なのだ。


※Aの罪について。
・窃盗教唆と盗品譲受罪について、判例は「手段と結果」の関係にないとしている。
・数個の犯罪が「手段と結果の関係」にあれば、「軽い方の罪」は「重い方の罪」に吸収される。(刑法54条1項・牽連犯)
・数個の犯罪が「手段と結果の関係」になければ、重い方の刑×1.5(刑法45条・併合罪)
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b.共謀共同正犯理論(判例)  -作戦会議に参加しただけで「やったこと」になるゾ!


イ.全員が合体して大きな人(主体)になる?


・共同正犯は「犯罪の実行行為をした者」である。
・ボスのDは「実行行為をしていない」のだから正犯にはなり得ない。
・何とか「実行行為をしていない者」を「実行行為をした者」と解釈できないものか。

そこで考え出されたのが、共謀共同正犯理論である。


この理論では次のように考える。

・A,B,C,D,E が犯罪を共謀した場合、一つの集団(共同意思主体)が出来上がる。
・A,B,C,D,E 全員がこの集団の構成員になったのだ。

・全員が合体して一人の人間となったのである。
・首謀者のAは“頭脳”、実行部隊リーダーのDは“眼”、実行者のB・Cは“手”、Eは“足”である。
・“手”が窃盗行為をすれば、合体人間が窃盗行為をしたことになる。
・つまり、B・Cが窃盗行為をすれば、A,B,C,D,E 全員が窃盗行為をしたことになる。
・ここに共同実行がある。
・だから、A・B・C・D・E全員が窃盗罪の共同正犯となる。


※Aが贓物運搬・譲受罪にならない理由。

・窃盗犯人が贓物運搬をしても犯罪とはならない(不可罰的事後行為)。
・Aは窃盗罪になるのだから、Aの贓物運搬は犯罪とはならない。

※Eが犯人蔵匿罪にならない理由。

・Eは窃盗罪の正犯となるからEの犯人蔵匿罪は問題とならない。
・犯人自身が逃げ隠れするのは犯罪とはならない。


このように、A,B,C,D,E 全員を窃盗罪の共同正犯としておいて、「役割や集団への貢献度に応じて」刑罰を与えるのである。


ロ.共謀共同正犯論への疑問と反論


どこか、“こじつけ”のような理論である。

そもそも、そんな「共同意思主体」なんか存在するのだろうか?


共謀共同正犯を主張する者はこの疑問にこう答える。

・人間には集団心理というものがある。
・『皆でやれば怖くない。』という心理である。
・一人ではできないことも、たくさん集まれば平気でやってしまう。
・それは、そこに共同意思主体というものが出来上がっているからだ。


まだ、ごまかされている気がするだろう。
   ★★14     
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ハ.判例と学説の対立  -学説は大反対。しかし判例・実務は固まっている


判例は共謀共同正犯理論で固まっている。


学説は一部を除きこの理論に反対する。

・「やっていない者」は「やっていない」のである。
・犯罪行為をしていない者を「している」と評価するのは罪刑法定主義に反する。
・共同正犯の範囲が際限なく広がっていく。
・「手を染めないで背後で笑う者」には法律を改正して対処するべきである。


しかし、日本の判例は頑としてこの批判を取り入れない。

・そして、適用範囲をだんだんと拡げてきている。
  謀議に参加すれば、役割が道案内でも、自分の役割を現場でやらなくても、自分だけ「いい思い」ができなくても、すべて共同正犯とする。

・しかも、『「議のあったこと」を立証するには、「いつ・どこで・どんな役割分担の謀議があったか」を細かく立証する必要はないとする。


共謀共同正犯理論を使っても使わなくても、各人に言い渡される刑罰は個別に判断されるのだから、実際にはそんなに不公平は生じない。

無理をして罪刑法定主義に反するような“こじつけ理論”を使う必要もないだろう。


しかし、「犯罪を取り締まる方」から見れば、こんなありがたい理論はない。

犯罪に関係した者全員を、“謀議”という網で一網打尽に捕まえられるからである。


ニ.万引きとの関係  -私服保安が知っておくと役にたつ共謀共同正犯


教唆犯や幇助犯でも述べたが、人間の内心を証明することは難しい。

教唆故意・幇助故意があったことを、その者の自白以外で証明することは困難である。

共謀共同正犯理論でも“共謀”を立証しなければならない。


共謀共同正犯理論を使えるのは、捕まえた犯人が証拠不十分で起訴されなかったり無罪となったりしても、
『ごめんな!これが仕事だから。』で済ませられる警察官・検察官だけである。

私服保安は『ごめんな!』では済ませられない。

私服保安は「目に見える行為と物」だけで犯罪に対処しなければならない。


しかし、「共謀共同正犯理論が警察・裁判で“あたりまえ”になっていること」は知っておいて損はない。


・私服保安の現認した万引き犯人と行動を共にしている者がいる。
・その者の万引きは現認していないが、膨らんだバッグを持っているし盗っているに違いない。
・万引きを捕まえたときに、行動を共にしていた者も保安室へついてきた。
・そして、『疑われるのは嫌だから。』と自分からバッグを開けて盗ったものがないことを見せた。

私服保安がその者を保安室へ連れてきたのではないし、バッグを開けさせたのでもない。

しかし、後で『保安室へ連れて行かれてバッグを開けさせられた。』と親からクレームがあるかも知れない。

それを予防するために、この理論でクギを刺しておくのがよい。


『日本の警察や裁判では“共謀共同正犯”というのがあってな…。
  犯罪を行った者と一緒にいた者全員が犯罪をやったと扱われるンだ。
  君は友達と一緒に保安室へすすんで来てくれたけど、警察官なら君が嫌がっても警察へ連れて行くからネ…。』

これで、クレームを付けようとはしないだろう。

もちろん、「犯罪を行った者と一緒にいた者全員が犯罪をやったと扱われる」のではない、「一緒にいた者全員が犯罪をやったと疑われる」のである。
「扱われる」のはあくまで「謀議」が立証された場合のことである。
まあ「みなされる」のではなく「扱われる」と言ったのだから、「グレーな表現」となる。



つづく





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