SPnet 選任のための法律知識
第4講.緊急避難,自救行為,誤想防衛
資格取得講習では正当防衛の次に必ず緊急避難が説明される。
しかし、これがまったく面白くない。
緊急避難が問題となることなど現実にあまり起こらないので、教える方も教えられる方も興味が湧かないからだ。
もちろん、緊急避難と正当防衛の要件の違い、民事責任について選任自身はしっかりと理解しておかなければならないが、
教育では「正当防衛より条件のキツイ緊急避難というものがあるヨ」と流しておけばよい。
それよりも、法律にはないが学説・判例で認められている自救行為に時間をさいた方がよい。
また、誤想防衛・誤想正当行為・誤想自救行為もおもしろい。
警備員が万引きをしそうな者に「万引きしたらアカンぞ!」と言っても、万引き犯人を誤認逮捕しても刑事上の責任は問われない。
これも受講生の興味を引くことだろう。
もちろん、それは「その警備員のしたことが犯罪にならない」というだけのことで、絶対にやってはいけないことである。
警備員は店の信用と評判を背負っていることをしっかりと教え込まなければならない。
・緊急避難(刑法37条)と正当防衛の要件の違い
・正当防衛・緊急避難が成立する場合の民事責任
・自救行為と成立要件
・誤想正当行為,誤想防衛,誤想自救行為
・誤認逮捕と誤想正当行為
8.「緊急避難」が成立する場合には犯罪とはならない -相手が悪くなくても、「我が身を守るため」だから-
正当防衛に似たものに“緊急避難”がある。
犯罪に対処する私服保安や一般の警備員にとって余り身近なものではない。
しかし、正当防衛をよく理解するために緊急避難も知っておいてもらいたい。
正当防衛との違いに注意しよう。
※刑法37条
「1.自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、
これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。
ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2.前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。」
a.正当防衛との違い・刑法37条1項 -相手が悪くないので条件は厳しい-
正当防衛は“不正の侵害”を押し返すものであるが、緊急避難は“不正でない侵害”を押し返すものである。
たとえば、
あなたと友達が登山をしていた。
上から大きな岩が落ちてきた。
あなたはこの落石から逃れようと、後ろにいる友達を突き倒して怪我をさせた。
落石は自然現象だから“不正”ではない。
あなたは“不正でない侵害”から自分を守るために、友達に怪我をさせたのだから正当防衛は成立しない。
このような行為(避難行為)は正当防衛と同じく“人間の自衛本能”に基づくものである。これを犯罪とするわけにはいかない。
しかし、正当防衛のように“不正の侵害”に対するものではない。
だから、正当防衛と同じ条件で認めることはできない。
そこで、「急迫・侵害・自己または他人の権利・守るため」の他に次の二つの条件をつけたのである。
・①.その行為が“本当に”やむを得なかったこと。
・②.その行為によって生じた害が守ろうとした害より大きくないこと。
この ① と ② の一方または両方を欠く場合は、過剰避難として「犯罪になるが刑を軽くしたり免除したりできる」とした。
イ.その行為が本当にやむを得なかったこと
条文では正当防衛と同じ「やむを得ずにした行為」としているが、緊急避難の本質から正当防衛よりも厳しく解釈されている。(通説・判例)
正当防衛の“やむを得ない行為”は“侵害を防ぐのに必要な行為”。
緊急避難の“やむを得ない行為”は“侵害を防ぐのに不可欠な行為”。
緊急避難の場合は「その侵害を防ぐためには、そうするしか他に方法がなかった」ことが必要なのである。
上例では、あなたが落石を避けるためには「後ろにいた友達を突き倒すこと」しか方法がなかったことが必要である。
あなたが、崖側に身を寄せたら落石を避けられたような場合には緊急避難は成立せず過剰避難となる。
ロ.生じた害が避けた害より大きくないこと
これは条文にはっきりと書いてある。
上例では、「あなたが落石に当たった場合の被害」と「突き飛ばされた友達が受けた被害」を比較して判定される。
「落石に当たればあなたが死ぬ」という状況であれば、突き飛ばされた友達が死んでも緊急避難が成立する。
人の身体に対する害を比較することは簡単だが、比較が「人と物・人の名誉と人の身体・社会の安全や個人の身体名誉」となるとその判定は難しくなる。
通常人を基準にして具体的状況に応じて裁判官が判定をすることになる。
ハ.その他の条件
条文では緊急避難と正当防衛で異なる言葉を使っているがその意味するものは同じである。
・“現在の”は“急迫”と同じ意味である。
・“危難”は“侵害”である。
“危難”という言葉を使ったのは、緊急避難では自然現象や動物の動作などを含めるからである。
ただ、正当防衛では単に“権利”としているだけであるが、緊急避難では“生命、身体、自由又は財産に対する”と限定している。
この点につき争いはあるが、通説判例はこれらに限定せず広く解釈している。
正当防衛と変わりはない。
b.「業務上の義務がある者」には緊急避難が成立しない・刑法37条2項 -仕事でやらなければならない人はダメ-
落石の例で、前を歩いていたのがボディガードで、後ろにいたのが依頼者だとする。
ボディガードは依頼者を護る義務がある。
その業務の性質上、依頼者を護るために一定の危険に身をさらす義務がある。
ボディガードが落石から自分を護るために、依頼者を突き倒して怪我をさせることは、この義務違反として許されないことになる。
そこで、「業務上特別の義務がある者には、緊急避難を適用しない。」と定めたのである。
もっとも、「どの程度の義務があったのか」は考慮される。
落石がボディガードの上から落ちてくるのだから、彼は「命の危険」にさらされている。
そのボディガードの職務内容が「自分の命を引き換えにしてでも依頼者を護る。」というものでなければ緊急避難が成立する。
この業務上のある者に成立しないのも正当防衛との違いである。
c.高校生を他の客にぶつけた場合の正当防衛と緊急避難の違い
正当防衛で上げた「中学生を殴っている高校生を、中学生を助けるために近くにいる客に突き飛ばした」場合[※(7)-(ニ)]を考えよう。
高校生Aが中学生Dを殴っている。
BがDを助けようとしてAを近くにいた客Cの方に突き飛ばした。
Cが怪我をした。
Bは「Cが怪我をしてもかまわない」と思っていた。
Bは“Cに対する傷害罪”となるか。
正当防衛が成立しないことは述べた。
緊急避難が成立するかどうかである。
Bが落石を避けようとしてCを押し倒すのは、「自己を守るための」行為である。
BがDを助けようとしてAをCの方へ突き飛ばすのは「他人を守るための」行為である。
落石はCが起こしたものではない。
DがAに殴られているのもCが起こしたものではない。
どちらも、“Cが行う不正の侵害”ではない。
結局、落石の場合と異なるのはBが「自分を守るためにやったか他人を守るためにやったか」だけである。
緊急避難は「他人を守るため」にも行える。
だから、緊急避難が問題となる。
このことは、「Bが落石からDを守るために、DをCの方に突き飛ばしてCに怪我をさせた」と場合を考えればもっと分かりやすいであろう。
・Dを守るためには、AをCの方に突き飛ばすしか方法がなかったこと。
・Cに生じた害がDに生じる害より大きくないこと。
そういう場合であれば、緊急避難が成立することになる。
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d.正当防衛・緊急避難が成立する場合と民事上の責任 -損害賠償責任は別に判断される-
その行為に正当防衛や緊急避難が成立すれば、その行為は犯罪とはならない。
では、民事上の責任はどうなるのだろうか?
個人の行為に対する“刑法の評価”と“民法の評価”は同じではない。
刑法では、「国がその者のした行為に刑罰を与えるべきかどうか」という基準で評価する。
民法では、「個人と個人の間に発生した損害を双方にどのように配分したら公平か」という基準で評価する。
民法は次のように規定している。
※第720条〔正当防衛・緊急避難〕
「①.他人の不法行為に対し自己又は第三者の権利を防衛するため、已むことを得ずして加害行為を為したる者は損害賠償の責に任ぜず。
但し、被害者より不法行為を為したる者に対する損害賠償の請求を妨げず。
②.前項の規定は他人の物より生じたる急迫の危難を避くるため其物を毀損したる場合に之を準用す。」
・①.AがBに殴りかかってきた。BはAを突き倒してAにけがを負わせた場合。(正当防衛が成立する場合)
・BはAの怪我について賠償責任がない。(民法720条1項)
・ただ、民法720条1項の「やむことを得ずして」は刑法36条1項(正当防衛)の「やむを得ない」より厳しく解釈されている。
刑法37条1項(緊急避難)の「やむを得ない」と同じに「それしか他に方法がなかったこと」が必要とされている。
Bが逃げたり身をかわしたりして、Aに怪我をさせない方法でAの侵害行為を避けられた場合はAの怪我に対して賠償責任を負わされる。
もちろん、Aがその原因を作ったのだからその分は差し引かれる。
・②.AがBに殴りかかってきた。Bはこれを避けようとして傍にいるCを突き倒した。Cが怪我をした。
BがAの侵害行為を避けるにはCを突き倒すしか方法がなかった場合であり、Cの怪我は軽いものだった。(刑法の緊急避難が成立する場合)
・BはCの怪我について賠償責任はない。(民法720条1項)
・CはAに賠償請求することができる。(民法720条1項・但書)
・③.Dの飼っている犬が逃げてBに襲いかかった。Bはこの犬を蹴って犬に怪我をさせた。(刑法の緊急避難が成立する場合)
・Bはこの犬の怪我について賠償責任を負わない。
・Dは「自分の犬に怪我をさせたと」してBに賠償請求ができない。(民法217条2項)
次の ④ と ⑤ は民法720条に規定されていないので次のように解されている。
・④.Dの飼っている犬が逃げてBに襲いかかった。Bはこの犬から逃げようとして、傍にいたCを突き倒して怪我をさせた。(刑法の緊急避難が成立する場合)
・BはCの怪我を賠償しなければならない。
・Bは犬の飼い主Cに対して賠償請求することになる。
・⑤.Bが落石を避けようとして、そばにいたCを突き飛ばして怪我をさせた。(刑法の緊急避難が成立する場合)
・BはCの怪我を賠償しなければならない。
・Bは「落石があったこと」に対して、それを管理する者に賠償請求をすることになる。
・「落石があったこと」に対してBがどこにも賠償請求ができなかったり、不可抗力で管理者に落ち度がなかったりした場合、
Bは緊急避難から生じた損害(Cの怪我についての賠償責任)を自分で負担しなければならない。
これは人間の防衛本能から緊急避難をしたBにとって酷なようだが、Cの怪我に対してBの責任がないとなればCにとってもっと酷なことになる。
Cは自分が怪我をしてまで他人を守るいわれがないからだ。
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9.「自救行為」である場合は犯罪とならない -警察に頼んでいては間に合わない。それなら自分でやってもかまわない-
a.自救行為 -法律に定められていないが認められている-
これは、法律に定められているものではない。
法律学者の考えたもので通説となっている。
判例もこれを認めている。
自救行為とは次のように説明されている。
「権利を侵害された者が、法律上の正式な手続きを取っていてはその権利の回復が著しく困難になる場合に、自力で回復しても犯罪とはならない。」
正当防衛や緊急避難は、“迫り来る侵害”に対する防衛行為である。
“侵害された後”に正当防衛や緊急避難を行うことはできない。
侵害された後にも正当防衛や緊急避難のような「自衛本能による防衛行為」を認めてもよいのではないか?
自救行為はこのような点から考え出されたものである。
たとえば、
あなたが道を歩いていた。
後から来た男が、あなたの鞄をひったくって逃げた。
これはあなたの鞄に対する所有権の“不正な侵害”である。
あなたは男を追いかけて、男の手からあなたの鞄をもぎ取った。
このときに男が指を骨折した。
正当防衛は“急迫不正の侵害”に対する防衛行為である。
その侵害が、“迫り来るもの”でなければならない。
鞄の所有権に対する侵害は、男がひったくったときに終わっている。
それは“迫り来る”ものではないので、正当防衛や緊急避難は行えない。
※盗難現場で盗られた物を取り返すのは、「所有権侵害が継続中であるので正当防衛が行える」とする学説もあるが、
「所有権侵害が終わっているので、正当防衛ではない」とするのが多数説である。
正当防衛・緊急避難が成立しないのだから、あなたは「男の指を骨折させた」として傷害罪になる。
こんなことは不合理であろう。
このような不合理を埋めるのが自救行為である。
b.自救行為の成立条件 -盗られた現場で被害者が取り返してもOK-
しかし、自救行為を広く解釈していけば収拾がつかなくなる。
正当防衛や緊急避難に細かく条件を付けた意味がなくなってしまう。
そこで、学説は自救行為にいろいろな条件をつけている。
たとえば、
・①.その行為によって侵害された権利が回復できる場合であること。
・②.その行為が侵害を回復するものとして社会通念上適当なものであること。
・③.その行為によらなければ回復することができなかったこと。
・④.回復したものが与えた害より大きいこと。
緊急避難と同程度か少しきついくらいの条件である。
「どのような条件をつけるか」は学説で争われている。
また、「自己の権利侵害だけでなく、他人の権利侵害に対しても自救行為ができるかどうか」についても学説で争われている。
最高裁も「自救行為の存在」を認めている。
※最S24.5.18「盗難現場で盗られた物を取り返す行為については自救行為の可能性がある。」
※最S.46.7.30「自救行為は正当防衛、正当業務行為とともに犯罪の違法性を阻却する事由である。」
※最H.9.6.16「本件では侵害がまだ終わっていない。自救行為ではなく正当防衛で判断するべき。」
どのような場合に自救行為が認められ、どのようなことができるのかはこれからの問題である。
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10.正当行為・正当防衛・緊急避難・自救行為と誤信していた場合は犯罪とならない -「できる場合だ」と思っていたらおとがめなし。“うっかり責任”はある-
正当行為・正当防衛・緊急避難・自救行為が成立する状況にあると思って行動したが、実はそんな状況になかった場合はどうなるのであろうか?
刑法はこの点を定めていない。
結果を先に言ってしまおう。
これは犯罪とはならない。
但し、そのように誤信したことに過失があれば過失犯となる。
これが、通説・判例である。
a.誤想防衛 -「相手が悪いからできる」と思っていた場合-
「急迫不正の侵害でない」のに「急迫不正の侵害だ」と誤信し、正当防衛だと思って行動した場合である。
たとえば、
男が嫌がる女児を引っ張っていこうとしている。
あなたは「女の子が誘拐される」と思った。
そこで、その男を突き飛ばして女の子を助けた。
男は怪我をした。
しかし、その男は女児の父親で“駄々をこねる娘”を連れて行こうとしただけであった。
あなたは“不正の侵害”でないのに“不正の侵害”だと誤信したのである。
正当防衛成立条件の“急迫・防衛するため・やむを得ない行為”は揃っているが、“不正の侵害”が欠けている。
だから正当防衛は成立しない。
しかし、あなたは「何もしていない男を突き飛ばした」のではない。
あなたは「自分のしたことが犯罪になる」ことに納得がいかないだろう。
あなたは「防衛本能で男を突き飛ばした」からだ。
こんな場合は“誤想防衛”として犯罪が成立しないとされている。
しかし、あなたが「早とちりをした」のなら、その点の責任は取らなければならない。
「あなたが誤信したこと」に過失があれば過失責任が発生する。
「その状況下で、通常人なら誘拐ではないと分かる」場合は、あなたの誤信に過失があったとされ、過失致傷罪(刑法209条)が成立する。
もちろん、誤信したことに過失があっても過失犯が犯罪メニューになければ犯罪とはならない。
b.誤想避難・誤想正当行為・誤想自救行為 -「自分を守るためだからできる・してもよいことだ」と思っていた場合-
誤想防衛と同じことが緊急避難・正当行為・自救行為にも当てはまる。
緊急避難の“落石の例”で、
上の方から誰かが“いたずら”で、『落石だ!逃げろ!』と叫んだとする。
あなたがこの言葉を信じて、落石から自分を守ろうとして後ろにいた友達を突き倒して怪我をさせた。
あなたは「現在の危難がなかった」のに「ある」と誤信したのだ。
この場合も他の緊急避難の条件が揃っていれば、“誤想避難”として犯罪は成立しない。
しかし、「そんな状況で通常人なら『落石だ!』を信じない場合」であれば、あなたの誤信に過失があるとされ過失致傷罪となる。
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c.万引き犯と正当防衛・自救行為・誤想防衛・誤想自救行為・誤認逮捕 -しかし.絶対にやってはいけない-
玩具売場で小学生男子が商品のカードを持ってウロウロしている。
どうも万引きしそうだ。
私服保安は現行犯逮捕以外に何ができるだろうか?
イ.正当防衛
万引きをしようとしている者に『万引きしたらアカンぞ!』と言ってもかまわない。
それでも盗っていこうとしたら、店内で商品を取り上げてもかまわない。-
正当防衛の成立条件をこの例でチェックしてみよう。
・急迫:「盗られそうである」からOK。
・不正の侵害:「盗るのは違法」だからOK。
小学生は刑事責任能力がないから犯罪は成立しない。しかし、その行為の外観が「盗る」ことに該るからOK。
・自己または他人の権利:店の商品だからOK。
私服保安の施設管理権行使も侵害されているから「自己の権利に対する侵害」でもある。
・防衛するため:もちろんOK。
あとは“やむを得ない行為”である。
つまり、この場合「やむを得ない行為」であれば正当防衛として犯罪とならないのである。
正当防衛の“やむを得ない行為”は「その侵害を防ぐために必要な行為であれば足り、不可欠でなくてもよい。」
たとえば、
・『ボク!お金を払うことを忘れないでネ!』とか『黙って持っていくと泥棒になるよ!』と言って、男の子が盗っていくのを牽制・抑止する。
・それでも平気なら、男の子が手に持っているカードを取り上げて商品棚に戻す。
この程度は“やむを得ない行為”として正当防衛となるだろう。
もちろん、そんなことをしてはいけない。
「子供が万引き扱いされた!」と店に大クレームがやってくる。
ロ.自救行為 -万引きが店外したら、すぐに商品を取り返してもかまわない-
この小学生男子が、手に持っていたカードをポケットに入れて店の外に出た。
万引き(窃盗罪)が完成するのは“店外10m”ではない。
万引き犯人が「その物に対して事実上の支配をしたとき」である。
男の子がカードをポケットに入れたとき、遅くとも店外したときには窃盗罪は完成している。
男の子が店の外に出たら、不正の侵害は終了し“急迫”ではなくなる。
店外した男の子に対して正当防衛は行えない。
自救行為は「権利が侵害された後の防衛行為」だから窃盗罪が完成しても行える。
「盗難現場で盗られた物を取り返す行為が自救行為として認められる」ことに争いはない。
「自分の権利が侵害されたときに自救行為ができる」のには争いがない。
しかし「他人の権利が侵害されたときに自救行為ができるか」については争われている。
男の子が盗ったのは店の物で私服保安の物ではない。
男の子に対して私服保安が自救行為をすることは「他人の権利が侵害されたときに自救行為をする」ことにはならないか?
私服保安は店の施設管理権を代行している。
「店の商品が盗られた」ことは「私服保安の行う施設管理権が侵害された」ことである。
私服保安のする自救行為は「自分の権利が侵害されたときにする自救行為」となる。
このように、私服保安は自救行為ができることになる。
では、自救行為としてどんなことができるのか?
「自救行為として何ができるのか」は争われているが、次のようなものは認められるだろう。
・男の子を追いかけてカードを出させる。
・男の子のポケットに手を突っ込んでカードを取り返す。
もちろん、「被害を防いだり被害を回復したりする」以上のことはできない。
当然、男の子を捕まえることはできない。
捕まえるためには現行犯逮捕をしなければならない。
もっとも、「ハッキリと刑事未成年者(14歳未満)」と分かる場合は現行犯逮捕ができない。 → こちら
ハ.誤想防衛・誤想自救行為 -「万引きしようとしていなかった・万引きでなかった」場合でもおとがめなし-
では、この男の子の持っていたのが「店の商品でなかった場合」はどうなるのだろうか?
私服保安が“現認間違い・思い違い”をした場合である。
つまり、正当防衛や自救行為ができる場合でないのに「できる」と誤信していた場合である。
これは、誤想防衛・誤想自救行為であるから犯罪とはならない。
私服保安が「誤信した」ことに過失があれば“過失犯”が成立する。
私服保安の“現認間違い・思い違い”だから、私服保安の誤信に過失があるだろう。
どんな過失犯が成立するのだろうか?
・『ボク!お金を払うことを忘れないでネ!』・『黙って持っていくと泥棒になるよ!』と言った場合。
男の子に対する名誉棄損罪・侮辱罪が問題となる。
しかし、誤想防衛なので成立しない。
私服保安に過失があるので過失名誉毀損罪・過失侮辱罪が問題となる。
ところが、刑法の犯罪メニューには過失名誉毀損罪・過失侮辱罪はない。
私服保安は何の罪にもならない。
・男の子の持っているカードを取り上げて商品棚に戻した場合。
男の子に対する強要罪・窃盗罪が問題となる。
しかし、誤想防衛なので成立しない。
過失強要罪・過失窃盗罪が問題となるが、どちらも犯罪メニューにない。
私服保安は何の罪にもならない。
・店外で男の子にポケットからカードを出させた・ポケットに手を突っ込んでカードを取り返した場合。
男の子に対する強要罪・窃盗罪が問題となる。
しかし、誤想自救行為なので成立しない。
過失強要罪・過失窃盗罪が問題となるが、どちらも犯罪メニューにない。
私服保安は何の罪にもならない。
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ニ.・誤認逮捕 -私服保安が誤認逮捕をしても犯罪とはならない-
では、私服保安が誤認逮捕した場合にどんな犯罪になるのだろうか?
私服保安の現行犯逮捕は法律で認められているので正当行為である。
正当行為であるから逮捕罪・監禁罪は成立しない。
誤認逮捕は私服保安の“現認不足・現認間違い”で「万引きをしていない者」を「万引きをした」と誤信して捕まえることである。
私服保安は“適法な現行犯逮捕”だと思っているから誤想正当行為となる。
誤想正当行為だから逮捕罪・監禁罪は成立しない。
私服保安に“現認不足・現認間違い”という過失があるので、過失逮捕罪・過失監禁罪が問題となる。
しかし、過失逮捕罪・過失監禁罪は犯罪メニューにない。
私服保安は誤認逮捕をしても何の犯罪にもならないのである。
ホ.私服保安経験がなくても万引きは防げる!
私服保安経験のない制服保安・常駐警備の方は安心してほしい。
不審行動をする者や「変だな?」と思われる者に対しては、遠慮なく声をかければいい。
・『万引きはアカンでぇ~!』
・『万引きは懲役10年やゾ!』
・『金を払わんかい、金を!』
『うちの商品が入っとるやろッ!ここに!』と相手のポケットや鞄に手を突っ込んで商品を探してもよい。
相手が万引きではなかったり商品が出てこなかったりしても、誤想防衛・誤想自救行為であるから何の罪にもならない。
片っ端から声をかけ所持品検査をして万引きを防止しよう。
また、“現認不足や現認間違い”など気にする必要はない。
・“中断も単品禁止”も気にしないでよい。
・姑息(こそく)な“カマかけ”など忘れてしまおう。
・「盗ったな?」と思えば、どんどん現行犯逮捕すればよい。
誤認しても誤想正当行為だから何の罪にもならない。
もちろん、これは冗談である。
犯罪にならなくても、民事上の損害賠償責任を負わされることがある。
事が表沙汰になればスキャンダルとなって、店のブランド・信用を傷つけてしまう。
そうなる前に店にクレームが殺到し、その警備会社は契約解除となるだろうが…。
つづく。
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