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第1講 基本的人権の保障と刑法・刑事訴訟法の定め
指導教育責任者資格講習で基本的人権について説明される。
「生来的に与えられたもの」・「永久不可侵」という言葉だけが頭に残っているだろう。
しかし、どの講師も「基本的人権を小学生でも理解できるように」説明できない。それは講師自身が基本的人権とは何かを分かっていないからだ。
憲法の基本的人権の31条から罪刑法定主義とそれを担保する刑事訴訟法。憲法33条から刑訴法199条・210条・213条の通常逮捕・緊急逮捕・現行犯逮捕。
憲法35条1項から刑訴法218条1項の「令状による捜索・差押・検証・身体検査」と刑訴法218条2項・220条の例外。
憲法38条から刑訴法198条・146条・319条の「任意取り調べ・被疑者の黙秘権」・「証言拒絶権」・「自白の証拠能力」。
このように、刑法・刑事訴訟法は憲法の保障する基本的人権を護るための手段をいろいろ定めている。
これらをからめて説明すれば「憲法の基本的人権の保障」をより深く説明できる。
・基本的人権とは何か
・憲法13条「基本的人権の制限」の理由とその方法
-憲法・刑法・刑訴法による基本的人権の制限-
・憲法31条「法定手続の保障」と罪刑法定主義、それを担保する刑事訴訟法
・憲法33条「逮捕に関する保障」と刑訴法199条「通常逮捕」,刑訴法210条「緊急逮捕」,刑訴法213条「現行犯逮捕」
・憲法35条1項「「住居侵入・捜索・押収に対する保障」と刑訴法218条1項「令状による捜索・差押・検証・身体検査」とその例外・刑訴法218条2項・刑訴法220条
・憲法38条「不利益な供述の強要禁止」
・憲法38条と刑訴法198条「任意取調べ・被疑者の黙秘権」
・憲法38条と刑訴法146条「証言拒絶権」
・憲法38条と刑訴法319条「自白の証拠能力」・補強証拠の程度
・「疑わしきは被告人の利益による」という不文律
【Ⅰ】基本的人権の制限
1.基本的人権とは何か -人権ってなに?-
基本的人権という言葉は誰でも知っているだろう。
では、「その権利は誰が誰に与え、どんな場合に、どんな方法で制限される」のだろうか?
a.基本的人権は誰が誰に与えたのか -誰がくれたの?-
イ.基本的人権とは -1回限りの人生だもの-
基本的人権とは、分かりやすく言えば、「自分の人生を誰にも指図されずに、自分の思うように生きる権利」である。
・何を考えてもいいし、何を言っても、どんなことをしても構わない。
・自分の考えや意見を世間に発表することを誰にも邪魔されない。
・皆が集まって討論しても、どんな団体を作っても構わない。
・どんな仕種(しぐさ)をしてもいいし、どんな格好をしても勝手である。
・どんな宗教を信じても、宗教を信じなくても誰にも文句は言われない。
・どこへ行っても、どこに住んでも、どんな職業についても構わない。
・また、誰もがみな平等で人生のどの場面でも差別されない。
一度しかない人生だからやりたいことをやればよい。
これが基本的人権である。
ロ.人間が持って生まれた権利 -神様からのプレゼント
我々は自分自身がこのような権利を持っていることを「当然だ」と感じている。
しかし、江戸時代には士農工商という身分制度があり、農民が侍になろうと思ってもなれなかった。
キリスト教を信じることを幕府が妨害したこともあった。
封建社会が終わり近代社会になって、どんな宗教を信じても政府から妨害されることはなくなった。
しかし、神社神道が国教とされ他の宗教を信じる者は肩身が狭かった。
華族制度という身分制度もあった。
女性には参政権が与えられなかった。
結婚の成立には家長の同意が必要だった。
戦後の新憲法で、やっと「自由に自分の思うように生きられる」ことになったのだ。
現在でも基本的人権を制限したり認めていなかったりする国がある。
基本的人権は誰が与えたものなのだろうか?
それは「誰かが与えたもの」ではない。
一人一人が人間として生まれてきたときにくっついてきたものである。
人が人である限り基本的人権はその人にくっついている。
これから生まれてくる子どもたちにも当然くっついてくる。
基本的人権は国王や政府が国民に与えたものでもないし、国民全体の合意で自分たちに与えたものでもない。
国王や政府が与えたものなら、彼らはそれを勝手に奪えることになる。
国民全体の合意で与えたものなら、国民全体の合意があればこれを奪えることになる。
しかし、「誰かが与えたものではない」から、「誰もこれを奪うことができない」のである。
絶対君主が「国民の基本的人権を剥奪する」という決まりを作っても無効である。
憲法が国民の合意で改正され、「政府は国民の基本的人権を奪うことができる」とされても無効である。
「基本的人権は人間の生まれながらにしての権利である」ということは“人間としての道理”である。
誰もこれを侵すことはできないのである。
このことが、憲法に書かれている。
※憲法11条
「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」
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国産ではないけれど「いい味」。
※トライクの法的取り扱い
2.基本的人権が制限される理由 -無人島じゃないものね-
皆が「自分の思うまま」に生きていれば、互いに衝突が起こる。
「自分の思うまま」が「他人の思うまま」を邪魔してしまう。
何を言ってもいいけれど、他人の名誉や信用を傷つけてはならないだろう。
何をやってもいいけれど、他人の物や命を奪ったり傷つけたりしてはいけないだろう。
自分の思うままに生きていてもいいけれど、「みなが安心して暮らせ心地よいと感じている社会秩序や風俗」を害してはいけないだろう。
このように、各人の基本的人権は他人の基本的人権と衝突したり社会全体の利益と衝突したりする。
その衝突を調節するために、一定の制限を受けるのは当然のことである。
「無人島に独りで生活している」のではないから仕方のないことである。
憲法もこのことに触れている。
※憲法12条
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」
※憲法13条
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」
よく耳にする「公共の福祉による制限」である。
“公共の福祉”とは「社会生活を営む成員多数の実質的利益」と説明されている。
分かりやすく言えば、「多くの国民が幸せになること」である。
幸せになるのはあくまで国民である。
国を運営している政府や、それに影響力を与えている資本家ではない。
「公共の福祉による基本的人権の制限」は「お国のための制限」ではなく、「我々のための制限」でなければならない。
3.基本的人権を制限する方法 -皆で相談しましょう-
各人の基本的人権は一定の制限を受けるが、それは「皆で相談して決めたもの」でなければならない。
基本的人権の制限は「皆が選んだ議員が国会で相談して決める」ことになっている。
それが法律である。
憲法・刑法・刑事訴訟法もそれである。
特定の地域でだけ適用される“条例”もある。
これも、その地域(都道府県)の議会で決められる。[※第七章-Ⅱ-(3)-(イ)-⒜]
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4.憲法・刑法・刑事訴訟法で定める基本的人権の制限 -憲法は法律の先生-
憲法は「法律の法律」である。
憲法は「法律を作るときの指針」である。
どの法律も憲法に反することはできない。
憲法に反した法律は無効である。
各法律は憲法の内容に沿って細かなことを定めている。
刑法は「犯罪になる行為とそれに対する刑罰」を定めている。
刑事訴訟法は「その行為が犯罪になるかどうかを決める手続」を定めている。
「憲法の定めに沿って、刑法・刑事訴訟法がどのようなことを定めているのか」を見てみよう。
a.憲法の「法定手続の保障」と刑法・刑事訴訟法 -刑法はメニュー、刑事訴訟法はルールブック-
※憲法31条
「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を課せられない。」
イ.罪刑法定主義 -メニューになければ犯罪じゃない-
基本的人権の制限は、はっきりと国民に示されていなければならない。
そうでないと、国民は「どこまでやっていいのか。どこからがやっていけないのか。」が分からない。
同じことをしたのに、お上(おかみ)の気分次第で「お前は許す、お前は許さない。」と言われたり、「お前は百叩き、お前は島送り。」と言われたりしたのではかなわない。
そんなことでは、くびくして心置きなく行動できなくなる。
この点から憲法31条は、『「どんな行為が犯罪になるのか、それに対してどんな刑罰が課せられるのか」を前もって決めて、
それを法律という形で、皆に分かるようにしておきなさい。』と言っているのである。
これを罪刑法定主義という。
「犯罪と刑罰は法律で定めて」おかなければならないのだ。
この“犯罪と刑罰”を定めたものが刑法である。
刑法は“レストランのメニュー”のようなものである。
メニューには「坦々麺・780円。カツ丼・980円。カツ丼とミニうどん・漬け物セット・1280円」などと書かれている。
客はそれを見て注文する。
坦々麺を食べたのに、カツ丼の代金を支払わされることはない。
カツ丼に豚カツが入っていなければ、代金は支払わなくてもいい。
「いくら払えばいいのか」が払うときまで分からない“時価”というものもない。
メニューを見て「値段が高い」と思えば、注文しなければよい。
「何が出てくるかはお楽しみ、値段は食べた後のお楽しみ」では、「注文するかどうか」を決めることもできない。
刑法には、「犯罪になる行為とその犯罪に対する刑罰」が書かれている。
刑法に書かれていないものは犯罪とはならない。
亭主持ちの女性と不倫をしても、刑法の“犯罪メニュー”にないので犯罪とはならない。
(※旧刑法では姦通罪があった。女性も相手の男性も6カ月~2年の重禁固。)
未遂というのは、「犯罪行為をやり始めたが、結果が発生しなかった」場合である。
どんな犯罪にでも未遂罪があるわけではない。
未遂が犯罪になる場合は「〇〇条の未遂はこれを罰する。」とか「前条の未遂はこれを罰する。」と刑法に書いてある。
書いてない場合は犯罪にはならない。
※刑法44条
「未遂を罰する場合は、各本条で定める。」
たとえば、
客が売り場に展示してあった百万円の置物を床に投げつけた。
しかし、その置物には傷がつかなかった。
これは器物損壊の未遂である。
しかし、刑法に「器物損壊の未遂を罰する。」と書いてないので犯罪とはならない。
ロ.刑事訴訟法の役目 -ルールがなければ意味がない-
“犯罪メニュー”がはっきりと示されていても、「犯罪に該るかどうかを調べて、それを判断する方法」がいい加減だったら意味がない。
その方法も「前もって、はっきりと」と決めておかなければならない。
その「調べ方・判断のやり方」を定めているのが刑事訴訟法である。
・誰が、どのような場合に、どのようにして、何を調べることができるのか。
・どのようにして手に入れた、どのようなものを証拠とするのか。
・どのような証拠を使って、誰が、どのように判断するのか。
・その判断に不服があったときは、何ができるのか。
刑事訴訟法にはこのような“やり方・手順”が細かく書かれている。
誰もが、この“やり方・手順”に従って刑罰を決められる。
『その所業(しょぎょう)、断じて許しがたい!この場にて腹を切れッ!』と言われることはない。
刑事訴訟法は国家が個人の犯罪を追及するときの“ルールブック”である。
国家のルール違反にはペナルティが与えられる。
一番重いペナルティは「犯罪を行った者が無罪になる」ことである。
なお、国家はルール違反すれすれの手を使ってくる。
特に警察はそれが上手い。
「密室である」のをいいことに、平気でルール違反をすることもある。
「国家・警察のルール違反に気づかない」のは個人の責任である。
国家・警察は親切にルールを説明してくれない。
自分自身を守るのは法律しかないのだ。
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b.憲法の「逮捕に対する保障」と刑事訴訟法のきまり -勝手に捕まえられたのじゃたまらない-
イ.憲法の「逮捕に対する保障」 -勝手に捕まえてはいけない-
※憲法33条
「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且かつ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。」
身体の拘束は人間の自由に対する最も重大な侵害である。
国家が個人の身体を拘束しようとする前に、「その拘束が適切なものであるかどうか」を中立的立場にある者が判断する。
「権限を有する司法官憲」とは裁判官のことである。
こうすることによって、逮捕の濫用を防ぎ国民の基本的人権が不当に制限されることのないようにしている。
これが憲法33条である。
ロ.刑事訴訟法の「逮捕」 -捕まえるときのルール-
憲法33条を受けて、刑事訴訟法で「人を逮捕するやり方」を定めている。
刑事訴訟法が定めているのは、通常逮捕・緊急逮捕・現行犯逮捕・準現行犯逮捕である。
・通常逮捕とは裁判官の逮捕令状を手に入れてから逮捕する場合。これが原則である。
・緊急逮捕・現行犯逮捕・準現行犯逮捕は例外的に認められるものである。
現行犯逮捕・準現行犯逮捕については後で詳しく説明する。[※第八章-Ⅳ]
・①逮捕状による逮捕・通常逮捕 -先にレフリーがチェックする-
※刑訴法199条
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、
裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。(以下略)」
刑事がやってきて逮捕状を見せて言う。
『○○△△やな?××容疑で逮捕する。』
ドラマで見る場面である。
逮捕状を見せないで言う場合もある。
『○○△△やな?××のことで警察に来てもらいたいンや!』
これは逮捕ではなく任意同行である。
逮捕状が出ていても、任意で調べておいてから逮捕状を執行するのである。
これは「逮捕してから48時間以内に送検しなければならない」からである。
警察は少しでも時間を稼いでいるのだ。
TVニュースで『警察は容疑が固まりしだい逮捕する予定です。』と報じるが、「容疑が固まっていないのに」裁判官が逮捕状を出すはずはない。
逮捕状が出ていなければ『警察は容疑が固まりしだい逮捕状を請求する予定です。』
逮捕状が出ていれば『逮捕状が出ていますが、警察はまず任意で調べておいてから逮捕状を執行する予定です。』と報道するべきである。
・②緊急逮捕 -急いでいるときは後からチェックする-
※刑訴法210条
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期3年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、
急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。
この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。」
「重大な犯罪をやったに違いない。逮捕状を請求していたのでは、逃げられる・証拠を消されてしまう。このような緊急の場合には、逮捕をしてから逮捕状を請求しても構わない。
しかし、逮捕状が出なかったら、すぐに釈放しなさい。」ということである。
緊急逮捕は、重大な犯罪で緊急性がある場合にだけ認められる例外的な逮捕である。
ここで“長期”とは「その犯罪に定められている刑罰の最大のもの」である。
“万引き”は窃盗罪であり、刑罰の最大(長期)は10年の懲役である。
“万引き”は緊急逮捕の対象である。
もちろん、「万引きをしたに違いない」と思える場合で、しかも「捕まえておかないと、逃げられたり証拠を捨てられたりする」という緊急の場合でなくてはならない。
もちろん、緊急逮捕ができるのは警察官であり、一般私人の私服保安がすることはできない。
私服保安ができるのは現行犯逮捕だけである。
・③現行犯逮捕 -目の前のことだからチェックはいらない-
※刑訴法213条
「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕できる。」
目の前で犯罪が起こった場合は、犯罪が起こったことも犯人もはっきりしている。
「逮捕が濫用される」ことはない。
こんな場合にまで犯人を捕まえられないのなら、犯罪者に有利になりすぎる。
この点から、例外的に「逮捕令状も必要ないし、誰でも逮捕できる。」としたのである。
例外であるのでさまざまな制限がある。
この制限を越えると、現行犯逮捕が犯罪となってしまう。
私服保安は「現行犯逮捕で飯を食っている」ようなものである。
私服保安は誰よりも現行犯逮捕の制限を知っておかなければならない。
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c.憲法の「住居侵入・捜索・押収に対する保障」と刑事訴訟法のきまり -勝手に捜されたのじゃたまらない-
イ.憲法の保障 -「勝手に家に入る・捜す・取り上げる」をやってはいけない-
※憲法35条1項
「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、
第33条場合(逮捕される場合)を除いては、正当な理由に基づいて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。」
“捜索”とは捜すこと。“押収”とは取り上げること。“検証”とは調べることである。
警察官が個人の家に勝手に入ってきて何かを捜したり、見つけた物を勝手に調べたり取り上げたりしたら私生活の自由がなくなってしまう。
また個人の財産権が侵害されてしまう。
警察官が個人の持ち物を勝手に調べる場合も同じである。
憲法35条1項は、
『警察官が個人の家や持ち物を調べたり・物を取り上げたりする前に、「どういう理由で、何を捜して取り上げるのか。どこを捜すのか。」について裁判官に伺いをたてなさい。
裁判官のOKが出たらやってもよろしい。』というものである。
中立的立場にある裁判官に「そうすることが必要であるかどうか」を判断させて、個人の私生活の自由・財産権が不当に制限されることがないようにしているのである。
ロ.刑事訴訟法の定める「捜索・差押・検証のやり方」 -捜すときのルール-
憲法35条1項を受けて刑事訴訟法で次のことが定められている。
・①令状による捜索・差押・検証・身体検査 -先にレフリーがチェックする-
※刑訴法218条1項
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押、捜索又は検証をすることができる。
この場合において身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。」
(身体検査には特別な令状が必要)
身体検査とは人の体を調べることである。
指紋・足型・身長・体重・写真・入れ墨・ホクロ・アザ・唾液などを調べることである。
※レントゲン・毛髪・血液を調べることに対しては身体検査に含むという学説と、身体手検査とは別の鑑定手続でやるべきだとの学説が分かれている。]
身体検査は個人の尊厳に関わるので、捜索・差押・検証令状とは別の“特別な身体検査令状”を必要としたのである。
なお、「服の上から調べる・ポケットの中に手を入れて調べる・頭髪の中を調べる・口の中を見る」のは身体検査に該らない。
これは、「人の身体についての捜索」であり、通常の捜索令状があればよい。
(「場所・物を明示した令状」であることが必要)
憲法35条1項では「捜索する場所及び押収する物を明示する令状」としているのに、刑訴法218条1項では「裁判官の発する令状」としか定めてない。
これは憲法で定めているから刑訴法で繰り返さなかっただけである。
刑訴法で定める令状が「場所・物を明示する令状」でなければならないのは当然である。
「A県B町C番地D号にある、甲野乙雄の住んでいる家の中にある書類全部」というような包括的令状は無効である。
家宅捜索令状には、
・(捜索・押収物)AとB。
・(捜索場所)A県B町C番地D号にある、甲野乙雄宅・木造2階建て。
と書いてある。
警察官は「甲野乙雄宅・木造2階建て」だけしか捜索できない。
また、AとBが出てきたら、それ以外の物を捜すことはできない。
家宅捜索を受ける場合、令状に書いてある捜索場所にA・B以外の“ヤバイ物”があれば、AとBをさっさと差し出した方がよい。
捜索対象物のAとBが出てきたら、警察官はそれ以上の捜索ができない。
警察官に“ヤバイ物”を見つけられることがなくなるのである。
警察官が令状記載の捜索場所以外を捜したり、捜索物が出てきたのに捜索を止めなかったりした場合はルール違反となる。
このルール違反のペナルティは「ルール違反の捜索で見つけた物は証拠として採用しない。」というものである。[※違法収集証拠排除則-第八章-Ⅳ]
たとえば、
「回転式拳銃一丁」の捜索令状で回転式拳銃一丁を見つけたのに、捜索を続け覚醒剤を発見したとする。
この覚醒剤は証拠とはならないのである。
証拠とならないから、覚醒剤所持で起訴されても無罪となるのである。
違法捜索をした警察官は公務員職権濫用罪が問題となる。
さらに、私生活の自由を侵害したとして民法上の損害賠償責任を負わされる。
※刑法193条
「公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、二年以下の懲役又は禁錮に処する。」
(身柄を拘束している犯人の顔写真撮影・体型測定・指紋採取に令状不要)
※刑訴法218条2項
「身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影することには、
被疑者を裸にしない限り、前項の令状によることを要しない。(以下略)」
犯人が逮捕などで身柄を拘束されているときは、身体検査令状がなくても犯人の写真撮影・指紋採取などをすることができる。
それを犯人が拒否しても強制することができる。
刑訴法218条1項の例外規定である。
捜査上それが必要であるし、この程度のことは「犯人の身柄の拘束に含まれている」と考えてよいからである。
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(任意取調べの場合は写真撮影・指紋採取・供述調書への拇印押捺を強制できない)
犯人が身柄を拘束されていない場合は顔写真撮影・体型測定・指紋採取をするのには身体検査令状が必要となる。(刑訴法218条1項)
万引き犯人が逮捕されずに、警察で取調べられるのは任意取調べである。
この任意取調べのときに、警察官から「顔写真撮影・体型測定・指紋採取・拇印捺印」を求められても断ることができる。
これを知っていないと警察官の“騙し”に引っかかってしまう。
・任意取調べで昼休憩となる。
・昼休憩が終わって犯人が取調室に戻ってくる。
・取調室にいる警察官がさりげなくこう言う。
『今から鑑識へ行って、指紋と写真をとってきてもらいたいンや。そこにいる刑事と一緒に行ってくれ。』
この警察官は“依頼”しているのである。
しかし、こんな状況下で「それが“依頼”である」と誰が思うであろうか?
こんな“騙し”もある。
任意取調べで調書作成が終わると、警察官が『これで終わりだから、この調書の各頁に拇印を押してッ!』と言う。これも“依頼”である。
拇印の押捺は指紋採取であるから、任意取調べでは身体検査令状がなければ強制できないのである。
こう言われたら刑訴218条1項・2項を思い出して、こう尋ねよう。
『えっ?拇印を押させることは身体検査になるのでしょう?僕は逮捕されていないから身体検査を断れますよねぇ。認め印ではだめなンですか?』
なぜか警察は指紋を欲しがるのである。
供述調書以外の書類にでも『認め印じゃなくて拇印を押して!』と“依頼”する。
交通違反のキップにも拇印を押させる。
また、「取調べ中にお茶を出してくれた・タバコを勧めてくれた」と犯人が喜んでいると、湯飲みやタバコの吸殻から血液型やDNAを検出されてしまう。
警察に顔写真・体型記録・指紋・血液型・DNAが登録されても、悪いことをしなければ不都合はない。
しかし、どことなく重苦しい気分にさせられてしまう。
私はこのような“警察官の騙し”に納得がいかない。
確かに、私服保安も万引き犯人に対し“依頼という名の強制”を使う。
しかし、私服保安は一般私人である。
私服保安と万引き犯は“1対1”の勝負をしている。
私服保安には組織も権限も武器も与えられていない。
私服保安が店を守るために“ルール違反すれすれの手”を使うのと、警察官が使うのとでは同じではないだろう。
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・②令状によらない差押・捜索・検証 -逮捕されているときにはレフリーチェックなし-
※刑訴法220条
「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、199条(逮捕状による逮捕)の規定により被疑者を逮捕する場合または現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、
左の処分をすることができる。210条(緊急逮捕)の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。
1.人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。
2..逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。(以下略)」
(「犯人を逮捕するために、人の住居に入って犯人を捜す」のは令状不要)
犯人を逮捕するときに、犯人を捜せないのなら逮捕ができない。
そこで、刑訴法220条1項は、『犯人の家や他の人の家に入って、逮捕しようとしている犯人を捜してもよい。令状は要らないよ。』としたのである。
『犯人や家族・他の人の私生活の自由が侵害されるけれど、それは悪い奴を捕まえるためだから我慢してください。』というのである。
もちろん、その“我慢”は最小限のものでなくてはならない。
だから、「必要があるときにだけOK」としたのである。
「必要があるかどうか」は警察官が判断するのではない。
「誰が見ても必要がある」場合でなければならない。
そんな場合でないのにやれば警察官のルール違反となる。
(「逮捕した犯人の持ち物や逮捕現場を捜して物を取り上げる」のは令状不要)
犯人を逮捕したときに証拠物を確保しておかないと、仲間や家族が捨てるかも知れない。
逮捕した犯人が凶器を持っていたら、反撃されて犯人を逃がしてしまうかも知れない。
逮捕したときには、凶器や証拠物を捜して取り上げる必要がある。
また、逮捕状が出ているので、裁判官はすでに「その事件に関してその者を捕まえること」を許している。
「その事件に関してその者を捕まえること」が許されているのなら、「その者の持っている物を取り上げること」や「その事件に関する証拠物を捜して取り上げること」も許されているだろう。
このような点から刑訴法220条2項は、『逮捕現場では、令状がなくても捜索・差押・検証をしても構わない。』としたのである。
もちろん、物の捜索・差押・検証は「凶器とその犯罪に関係するもの」でなければならない。
窃盗罪での逮捕なら、窃盗罪に関するものと凶器だけである。
関係ないものまで捜索・差押・検証をしたら、警察官のルール違法となる。
この点は刑訴法220条に明示されていないが、憲法35条1項から当然のことである。
また、刑訴法220条1項は「逮捕の現場で」としている。
その犯罪に関係する物と凶器の捜索などができるのは“逮捕した現場”だけである。
逮捕現場以外の場所を捜したら、警察官のルール違反となる。
このように対象・場所を制限して、個人の私生活の自由が不当に侵害されないようにしているのである。
緊急逮捕・現行犯逮捕でも、逮捕現場での捜索・差押・検証が必要なことは同じである。
これらの逮捕に対しては裁判官がOKを出していない。
しかし、緊急逮捕は後で裁判官のOKをもらう。
現行犯逮捕の場合には初めから裁判官のOKは必要ない。
そこで、緊急逮捕・現行犯逮捕の場合にも「令状なしの捜索・押収・検証」を認めているのである。
(私服保安は「逮捕現場での捜索・差押・検証」ができない)
刑訴法220条は「逮捕する犯人を人の住居に入って捜すこと・逮捕現場で捜索・差押・検証をすること」を、検察官・検察事務官・司法警察職員だけに限定している。
私服保安は一般私人なので、これらをすることができない。
では、万引き犯人が自分の家や他人の家に逃げ込んだ場合、私服保安は捕まえることができないのか?
この点は次のように解釈されている。
私服保安が犯人を見失っていなければ、その家に入って万引き犯を捕まえても構わない。
「犯人を捜すために入った」のではなく、「犯人を捕まえるために入った」からである。
それは「現行犯逮捕」の中に含まれる行為なのである。※詳細説明
私服保安が万引き犯人を現行犯逮捕した場合に、その現場で万引き犯のポケットやバッグを調べることはできない。
それをすれば違法行為となり、私服保安には強要罪が問題となる。
強要罪が成立しない場合でも、「犯人のプライバシーを不当に侵害した」として犯人から民事上の損害賠償を請求されることになる。
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d.憲法の「不利益な供述の強要禁止・自白の証拠能力」と刑事訴訟法のきまり -『悪いことをしました。』と誰が言うか!-
イ.憲法の保障 -不利になることを無理やり言わせてはいけない-
※憲法38条
「1.何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2.強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3.何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を課せられない。」
時代劇で、犯人を吊るし上げて先の割れた竹棒で拷問する場面がある。
『しぶとい奴だ!お前がやったンだろう!吐け!』と叩き続ける。
水責め・石抱き・三角木馬…。
・こんな方法で、犯人が『私が…、や、り、ま、し…た…。』と言っても信用できない。
・そもそも、「自分が有罪になるようなことを無理やり言わせる」のが人間性を無視して残酷である。
・「拷問すること」自体も人間の尊厳を踏みにじることである。
この点から憲法38条は「犯人への非人間的扱い・拷問」を禁じたのである。
・しかし、拷問を禁じただけでは、「密室での拷問・分からない所での拷問」が行われる。
そこで、憲法38条2項は「拷問をして犯人を自白させても、その自白は証拠としない」と定めたのである。
証拠にならないのなら、自白させるために隠れて拷問することをしなくなるからである。
それでも、まだ心配である。
・拷問しないでも、「拷問に近いような方法・取引や騙し」を使うからである。
そこで、憲法38条3項は「拷問による自白でなくても、犯人の自白だけでは犯人を有罪にしない。」と定めたのである。
つまり、憲法38条が定めているのは次の三つとなる。
・①誰でも、自分が「刑事責任を追及された場合に不利になる」ことは言わなくてもよい。言わなかったことで不利にはならない。
※「自己に不利益な供述」とは「自己の刑事責任に関する不利益な事実の供述」。
※「強要されない」とは「供述しなかったことで、不利益を受けない」ということ。
・②犯人に無理やり言わせた自白は証拠としない。犯人が自由意思でした自白は証拠とする。
・③犯人が自由意思で自白しても、その自白だけでは犯人は有罪としない。その自白を補強する別の証拠が必要。
ロ.刑事訴訟法のきまり -関連ルール-
憲法38条を受けて刑事訴訟法では被疑者の黙秘権・証言拒絶権・自白の証拠能力・自白の証明力について定めている。
・①任意取調べ・被疑者の黙秘権
※刑訴法198条
「1.検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。
但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
2.前項の取り調べに際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。(以下略)」
(逮捕されていなければ、警察の取り調べを断ってもよい)
私服保安に捕まった万引き犯人は、警察に連れて行かれ取調べを受ける。
犯人が警察官に逮捕された場合は、犯人は警察に行くこと・取調べを受けることを拒否できない。
警察官が私服保安の現行犯逮捕を引き継いだり、緊急逮捕をしたりした場合である。
犯人が警察官に逮捕されなかった場合はこれらを拒否することができる。
また、取調べ中いつでも自分の都合で帰ってもよい。
これが刑訴法198条1項である。
警察官に逮捕されていない犯人に警察官がこう言う。『じゃあ、今から交番へ来てもらって書類を作成させてもらうよ。』
これは“依頼”であって“強制”ではない。
これに対し犯人は『今日は疲れているから明日にするよ。明日の昼頃に電話してよ。』と、家へ帰っても構わない。
翌日の昼頃に、その警察官から『今日の15時から取調べをするから交番へ来てくれ!』と電話があっても、それは“依頼”にすぎない。
犯人は『え~エッ!夕方からアルバイトがあるからダメだよ。次の日曜日ならいいよ!』と断っても構わない。
また、取調べ中に犯人は『腹が減ったからもう帰るワ!続きは別の日にしてよ!』と帰っても構わないのである。
警察官が犯人を強制的に取り調べようと思えば逮捕しなければならないのである。
私服保安に捕まった万引き犯人の誰かが、こんなことをしてくれるとおもしろい。
もっとも、その後の取調べで警察官から“執拗ないじめ”を受けることだろうが…。
(黙秘権の告知 -「黙っていてもよい」と教えなければならない-)
警察での取調べで、刑訴198条2項の「黙秘権の告知」は充分すぎるほどやられている。
供述調書にも、「黙秘権の告知をした」ことが書かれる。
万引きをして警察で取調べを受けるときに、『あっ、これが刑訴198条2項の黙秘権の告知なンだな。』と思い出してほしい。
せっかく警察のお世話になったのだから、法律の勉強をさせてもらおう。
法律に興味を持てば万引きなんか馬鹿らしくなる。
・②証言拒絶権 -「自分に火の粉がかかること」は言わなくてもよい-
※刑訴法146条
「何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。」
たとえば、
・あなたと友達が協力して万引きをした。
・あなたが見張りをして、友達が盗った。
・あなたと友達は私服保安に捕まった。
・友達は『俺一人が盗った。コイツは知らなかった。』とあなたをかばった。
・警察が「あなたは関係なかった」と認めて、あなたは無罪放免になった。
・友達が窃盗罪で起訴されて裁判になった。
・その裁判であなたは証人として呼ばれた。「友達(犯人)の犯行前後の様子を聞く」ためである。
ここで、あなたが“友達とのやり取り”を話すと、あなたが友達に協力したことがばれてしまう。そして、あなたは窃盗罪の共犯となってしまう。
そんな場合に、あなたは『それは、お話しできません。』と証言を拒否できるのである。
これを刑訴法146条が定めているのである。
なお、証言するには『嘘は言いません。』という宣誓をさせられる。
だから、『お話しできません。』と言うのはよいが、嘘を言うと偽証罪という犯罪になる。
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選任のための法律知識・
・③自白の証拠能力・証明力 -無理やりさせられた自白は証拠とならない-
※刑訴法319条
「1.強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白、その他任意にされたものでない疑いのある自白は、これを証拠とすることができない。
2.被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場には、有罪とされない。(以下略)」
これは憲法38条を繰り返しただけである。
(補強証拠の程度 -自白だけでは有罪とならない。自白して得なことはない-)
犯人が自由意思で自白をした場合、その自白は証拠となる。
しかし、その自白だけでは有罪とはならない。
犯人を有罪にするためにはその自白を補強する証拠が必要となる。
それでは“どのような補強証拠”があればよいのか? これについて、意見が分かれている。
最高裁判所は、
「自白した犯罪が架空のものでなく、現実に行われたものであることを証明できるものであればよい。」としている。(最判S24.7.19・S28.12.22)
学説は、
「自白した犯罪の重要部分について、それが自白通りに行われたことを証明できなければダメ。」としている。
二つの立場を分かりやすく言えば次のようになる。
・Aがある店の化粧品売り場で口紅3本を盗った。
・Aはキョロキョロしながらトイレに入った。
・このAを不審に思った私服保安がトイレの外でAを待っていた。
・当然、私服保安はAの犯行を現認していない。
・Aはトイレで盗った口紅3本全部を流してしまった。
・私服保安はトイレから出てきたAに“カマかけ”をした。
・Aは「悪いことをした」と反省して、「自分が化粧品売り場で口紅3本を盗って、トイレで流した。」ことを自白した。
Aは窃盗罪で起訴された。
証拠はAの「自由意思でした自白」だけである。
Aを有罪にするためには、さらにどんな証拠が必要か?
最高裁判所の立場では「その化粧品売り場で万引きがあったこと」が分かればよい。
法律学者の立場では「その化粧品売り場でその口紅の万引きがあったこと」が分からなければダメである。
化粧品売り場でその日の在庫と売上記録を調べたら、アイシャドーが盗られたことが判った。
このような場合、最高裁判所の立場ではAは有罪となる。「Aが万引きをしたことが架空のものでない」ことが証明できるからだ。
法律学者の立場ではAは無罪となる。「Aの自白した内容の重要部分が証明できていない」からである。
Aの自白した犯行時に、Aの自白した物が盗難にあっていなければならないのである。
化粧品売り場で在庫・販売記録を調べたて、その日の「Aがトイレから出てきた」少し前に、口紅3本が盗難にあったことが分からなければならないのである。
もちろん、これはAが自白した場合のことである。
Aが自白しなければ有罪とならない。
どんな場合でも「自白すること」は犯人の有利にならないのである。
万引きで捕まったら、私服保安や警察官の“甘言・騙し”に引っかからずに徹底否認を貫くべきだろう。
★★05
選任のための法律知識・
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e.法律には定められていないルール『疑わしきは被告人の利益による』 -灰色は白。真っ黒になって初めて黒-
以上に述べたように、基本的人権の内容・制限については、憲法や刑事訴訟法などに定められている。
しかし、法律にはっきりと書かれていなくても、それが「基本的人権を守るものである」ことから広く認められているものがある。
「疑わしきは被告人の利益による。」というルールがそれである。
個人が犯罪の嫌疑がかけられ、国がその者を追及する。
どちらが有利であろうか?
圧倒的に国の方が有利である。
どれだけ法律で個人の基本的人権の制限を細かく定めても、この力の差を埋めることはできない。
力の差があれば、個人の基本的人権が不当に侵害される危険がある。
そこで、国に“ハンディキャップ”を与えたのである。
それがこのルールである。
「疑わしいときは被告人(犯人)に有利に取り扱う」のである。
つまり、「灰色は白。真っ黒になって、やっと黒となる」のである。
刑事裁判では「被告人がその犯罪をやったかどうか」について、犯人と検察官が証明合戦をする。
・検察官はすべてを証明したときにだけ勝て、犯人を有罪にできる。
・犯人は検察官の証明の一カ所を崩せば勝て、無罪となる。
“一点の曇り”でもあったら有罪とはならない。99%怪しくても有罪とはならない。
「99人の罪ある者を逃しても、1人の無実の者を有罪にしないことの方が大切だ」と考えているのだ。
「社会を犯罪から守る」ことよりも、「個人を誤審から守る」ことの方が大切なのである。
それだけ、個人の基本的人権は尊重しなければならないものであり、国家権力によって不当に侵害されやすいものなのである。
刑事訴訟法にもこのルールを前提とした条文がある。
※刑訴法336条(無罪の判決)
「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言い渡しをしなければならない。」
つづく。
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