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第8講.現行犯逮捕の要件-現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある





私服保安にとって現行犯逮捕は日常業務であるが、一般の警備員には無縁のことだろう。
これを読んでいる選任の中にも「現行犯逮捕なんかしたことがない」という方もいるだろう。

しかし、一般警備員にも「法律がどんなときに現行犯逮捕を認めているか」を知っていることは必要である。
そうでないと、違法逮捕という犯罪を行ってしまうからである。

私が他の私服保安警備会社の選任に
『万引き犯人が盗ってから1時間して店外した場合、売場から300m離れた場合は現行犯逮捕できないよ。』と言うと、
彼らは『そんな馬鹿なことがあるか!』と反論する。

1号指導教育責任者資格取得講習で講師が『だれか現行犯逮捕ができる場合を言えますか?』。
私が『それが犯罪に該ることがハッキリと分かること、その者が犯人だとハッキリ分かる場合で、犯行から1時間以内・300m以内です。』と答える。
講師はポカ~ンとして、その後の講義でも距離制限・時間制限の説明はない。

警備員教育に関わる者はもっとしっかりと教えなければならない。
それには、もっと疑問を持つこと、その疑問を解決するためにもっと努力することが必要である。
指導教育責任者講習や検定講習の教科書を読んでいるだけではおもしろくないだけでなく、不充分だと心するべきである。


現行犯逮捕の要件-それが犯罪だとハッキリ分かること・その者が犯人だとハッキリ分かること
現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある-犯行から1時間以内・犯行現場から300m以内
逮捕者が見ていなくても周囲の状況から現行犯逮捕の要件が揃っていることが分かれば現行犯逮捕できる。



【Ⅳ】知らないと大けがをする現行犯逮捕。私服保安必読!  ,-大工さんの仕事は家を建てること-


大工さんが家を建てるのには
まず、木材を切って削り、ほぞを掘って材料を準備する。
次に、その材料で家を建てる。

これを私服保安の仕事で言えば、材料を準備するのが「万引き発見~店外」・材料で家を建てるのが「逮捕~警察渡し」。
私服保安が使う道具は「万引き発見~店外」が窃盗罪、「逮捕~警察渡し」が現行犯逮捕。

「どんな道具があるのか」を知らなかったり、知っていても「何ができるか何ができないのか」を知らなかったりするとしっかりとした家を建てることができない。
また、道具の使い方を誤ると自分が大怪我をする。

特に、現行犯逮捕という道具のパワーは大きい。
充分に使いこなせるようにしなければならない。

現行犯逮捕についてはあちらこちらで触れてきたがここで総復習をしよう。

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1.現行犯人とは  -目の前で起こったのだから間違いはない現行犯。


※刑訴法212条1項(現行犯人)
  「現に罪を行い、または、現に罪を行い終わった者を現行犯人とする。」


a.「それが犯罪だ・こいつが犯人だ」とはっきり分かることが必要


イ.現行犯逮捕は例外


人を逮捕するのには裁判官の逮捕令状が必要である。

逮捕する前に、「その逮捕が正しいものか・必要なものか?」を公正な裁判官が検討する。
そうしないと誤認逮捕が行われるだけでなく、捜査機関によって逮捕が濫用されるからである。

「個人に対する強制処分は裁判官の令状が必要」これが原則である。


しかし、目の前で犯罪が行われた場合には誤認逮捕や逮捕の濫用はない。
また、犯人をみすみす逃してしまうことにもなる。

そこで、例外として「誰でも・逮捕令状なしで現行犯人を逮捕できる」としたのである。


ロ.現行犯逮捕は条件付き


現行犯逮捕は例外だから次の二つの条件がついている。

・「その行為が犯罪にあたること」がはっきりしていること。
・「その者が犯人であること」がはっきりしていること。

この二つが必要である。

条文の「現に」という言葉はこれを表現している。


この二つの条件を満たさない現行犯逮捕は違法である。

違法な現行犯逮捕は法律で認められた“正当行為”にならない。
違法現行犯逮捕をした者は逮捕・監禁罪として刑罰を課せられる。


b.「犯罪にあたることがはっきりしている」ことが必要  -小学1~2年生の万引きは捕まえられない-


イ.“はっきり”の程度


「犯罪が成立しない場合」はいろいろある。[※第八章-Ⅱ → こちら

犯罪故意がない・心身喪失者・14歳未満の者・正当行為や正当防衛だと誤信していた者…。

これらすべての場合に現行犯逮捕はできないのだろうか?


現行犯逮捕は現場で素早く判断して行わなければならない。
「犯罪が成立しない場合であるかどうか」を事細かく検討している余裕はない。

犯人に『君はもう14歳になった?』とか『どのくらい酔っぱらっているの?』とか、
『もしかして、「法律で認められている」と勘違いしているンじゃないの?』などと聞くこともできない。

そんなことをしていたら、犯人に逃げられてしまう。


そこで、次のように解釈されている。

「それが犯罪の大まかな形に当てはまればよい。
しかし犯罪が不成立になることがはっきりと分かる場合はダメ。」

たとえば、

・犯人が商品をバッグに入れた。

・犯人は「その商品は自分のものだ」と思っていた。(窃盗故意なし)
・犯人は酔っぱらっていて善悪の判断がつかなかった。(心神喪失)
・犯人は13歳であった。(刑事未成年者)

この場合、犯人に窃盗罪は成立しない。
しかし、「商品をバッグに入れる」という行為の外形が、「窃盗罪の大まかな形」にあてはまるので現行犯逮捕することができる。


これに対して、

・犯人が小学1~2年生の子どもなら、「14歳未満である」とはっきり分かる。
・犯人がベロンベロンに酔っぱらっていたら,「心身喪失者である」とはっきり分かる。

このように「犯罪が不成立になることがはっきりと分かる」場合には現行犯逮捕はできないのである。
[※この点が正当防衛と異なる-第八章-Ⅱ-(7)-a/不正の侵害


小学1~2年生の子供もが万引きをして店外した。
私服保安は声かけするが、この子どもを現行犯逮捕することはできない。

できるのは“自救行為”で「その子どもから商品を取り返すこと」だけである。[※第八章-Ⅱ-9・10-c → 自救行為 ・誤想自救行為]
子どもから商品を取り返したり、子どもが商品を捨てて逃げたりした場合は、それ以上何もできない。

商品を捨てて逃げた子どもを捕まえると違法現行犯逮捕となり、逮捕・監禁罪となる。


もちろん、子どもをそのまま逃がしたのでは後からどんな文句をつけられるか分からない。
そこで、子どもを説得してその自由意思で保安室へ連れて来て、書類作成等の事後処理をするのである。

「捕まえて当然!警察に突き出して当然!」と思っていると、とんでもないしっぺ返しを喰うことになる。


※現行犯逮捕とは「実力による身体拘束と一定時間の拘束継続」であるので、その小学生に手をかけない以上現行犯逮捕とはならず違法行為とはならない。
  また、自由意思により保安室に同行し書類作成などの事後処理をするのは強制でないので逮捕・監禁や強要などの問題は起こらない。
  しかし、親からみれば「これらが現行犯逮捕とそのあとの事後処理」になる。
  「お客様第一」の店側はこんな親からのクレームに頭を下げてしまう。
  その点を考慮し、店担当者の立ち会いを求め、警察を介入させて「任意であったこと」を証明できるようにしておかなければならない。


ロ.私服保安が「犯罪に該ることがハッキリしている」と誤信した場合


では、私服保安が「犯罪に該ることがハッキリしていて現行犯逮捕できる場合だ」と誤信した場合はどうなるのか?

・「犯罪の大まかな形にあてはまらない」のに「犯罪の大まかな形にあてはまる」と誤信した場合。
・「犯罪が不成立になることがはっきりと分かる」場合なのに「犯罪が成立する」と誤信していた場合である。

この現行犯逮捕は違法であるから逮捕・監禁罪が問題となる。
しかし、誤想正当行為として逮捕・監禁罪とはならない。[※第八章-Ⅱ-10 → 誤想正当行為]

「通常人なら誤信しない状況」であれば、過失責任が問題となる。
しかし、過失逮捕・監禁罪はない。

私服保安は刑事上の責任は負わされない。


もちろん、私服保安が違法現行犯逮捕をしたことには変わりがない。

民事上の責任は別問題である。
それが、スキャンダルとなれば店に迷惑がかかる。
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c.「その者が犯人だ」とはっきり分かっていることが必要  -「1時間・300m」を越えると捕まえられない-


イ.現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある]


・(1時間以内・300m以内)


「犯罪を行っている者」をその場で捕まえる場合は問題がない。
目の前で犯罪をやっているのだから、「その者が犯人であること」がはっきりしている。

しかし、「犯罪を行い終わった者」を捕まえる場合は問題となる。

犯人の犯行を目撃したとしても、時間が経てば経つほど犯罪現場から離れれば離れるほど「その者が犯人であること」がはっきりしなくなる。

時間が経てば経つほど「犯罪の証拠があやふやになり、どこかへ行ってしまう」可能性が高くなる。
犯罪現場から離れれば離れるほど、「犯人が人ごみに紛れて、他の者を犯人と間違う」可能性が高くなる。

証拠がなければ犯人は無罪となる。
他の者が犯人と間違われればその者は無実である。

「無罪になる者や無実の者」を逮捕令状なしに捕まえさせるわけにはいかない。
そんなことを許せば、「誤認逮捕・逮捕の濫用の危険がないから現行犯逮捕を認めた」ことに反する。


そこで、「犯罪を行い終わった者」を現行犯逮捕するには、
・「犯罪完成後そんなに時間が経っていないこと・犯行現場の近くであること」が必要とされている。(通説・判例)
判例では、「犯行後1時間以内・犯行の場所から300m以内」が一応の基準となっている詳細

この範囲を越えると違法逮捕となってしまう。
もちろん、この時間制限・距離制限は、私人が現行犯逮捕する場合でも警察官が現行犯逮捕する場合でも同じである。

※現行犯逮捕の時間制限・距離制限について住居侵入窃盗の判例は多いが、スーパーマーケット万引きでの判例は見当たらない。
  しかし、“証拠散逸の危険”は同じであるし“人間違いする危険”はスーパーマーケットの方が高いだろう。
  判例がないのは「それが争われなかった」ためであろう。
  万引き犯人が「長いものには巻かれろ」と泣き寝入りをしていただけだろう。

※『それじゃあ、万引きしてから店内で1時間過ごして出口から出たり、売場から300mはなれた出口から出たりしたら、私服保安には捕まえられない。
    それはおかしい。万引き万々歳となってしまう。犯罪を野放しにすることになってしまう。』と反論する私服保安がいるだろう。
  しかし、それが「例外的に誰でもが行える現行犯逮捕」の限界なのである。
  そこから先は正常な手続(警察による緊急逮捕や強制捜査・通常逮捕)によらなければならないのである。
  そうしないと、一般人の人権が不当に侵害されることになるからである。
  私服保安もそれを教育する選任も「自分達が一般人であること」をしっかりと自覚しておかなければならない。

このように「私服保安に言い伝えられてきた“店外10m”」を厳守していると、この時間制限・距離制限を越えて違法現行犯逮捕となってしまうことになるのである。。
[※第三章-Ⅰ-(3)]


但し、犯人を『まてぇ~!』と追いかけている場合は、現行犯逮捕ができなくても準現行犯逮捕が可能である。
しかし準現行犯にも時間制限がある。3~4時間が限度とされている。


ロ.時間制限・距離制限を越えた現行犯逮捕


現行犯逮捕・準現行犯逮捕が時間制限・距離制限を越えると違法逮捕となる。

「越えていない」と誤信していれば、誤想正当行為として刑事上の責任は問われない。
誤信に過失があっても、過失逮捕監禁罪はないから刑事上の責任は問われない。

しかし、その逮捕が違法逮捕であることは変わらない。


違法逮捕で発見された証拠は“違法収集証拠”として証拠とはならない。 [※第八章-Ⅵ/違法収集証拠排除則]

違法逮捕をした場合は犯人の持っていた「盗った商品」は証拠とならない。
証拠がないから犯人は無罪となる。


犯人が「盗ったこと」を自白すれば犯人を有罪とすることができる。

犯人の持っていた「盗った商品」は証拠とならないが、
私服保安の現認証言や店の販売記録で犯人の自白を補強できるからである。
※第八章-Ⅰ-(4)-d → 「自白の証拠能力」・補強証拠の程度


また、“違法収集証拠排除則”は判例がやっと認めて歩きだしたばかりである。

・今のところ最高裁は「警察官に重大な手続違反・違法行為があった場合」にしか適用しない。
・警察官が現行犯逮捕の時間制限・距離制限を越えたくらいでは適用しないだろう。
・警察官でない私人が違法現行犯逮捕をした場合はなおさらである。

しかし、理論上はこれらの場合にも適用されるものである。
これを争う万引き犯人が続出すれば、学説が援護射撃をするだろう。
「店外10m」に固執した私服保安が違法現行犯逮捕をし、万引き犯人が無罪となるのは夢物語ではない。
万引きをするなら、それくらいの気概をもってもらいたい。[※第八章-Ⅶ]


なお、時間制限・距離制限を越えて警察官・私服保安が違法現行犯逮捕をした場合、
それが違法逮捕であることには変わりがないので民事上の賠償責任は別に判断される。

また、警察官は職務質問・緊急逮捕ができるので時間制限・距離制限に引っかかるときはこれらを使うことになる。
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d.逮捕者が見ていなくても周囲の状況から「その者が犯人とハッキリわかる場合」は現行犯逮捕が許される


このように、逮捕者が犯人の犯行を現認(目撃)している場合でも、現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある。
そうしないと「その者が犯人だとはっきり分からなくなる」からである。

では、逮捕者が犯人の犯行を現認していないが周囲の状況から「その者が犯人だ」とはっきり分かる場合はどうだろう?
逮捕者が犯人の犯行を現認していなければ、犯人を現行犯逮捕することができないのだろうか?


イ.現認していなくても周囲の状況から「その者が犯人だ」と分かれば現行犯逮捕できる



次のように解釈されている。

・逮捕する者の現認だけによって判断する必要はない。逮捕する者が直接知った周りの状況も考慮して判断してよい。
・周りの状況の例:犯人の挙動や状態・犯罪の証拠・被害者の通報・犯人の自白。

たとえば、

・①.後ろから見たために、犯人が商品をバッグに入れるところがはっきりと見えなかった。
     しかし、犯人の手に持っていた商品がなくなった。これらの行為を何回もした。
     すぐに犯人が店外したので現行犯逮捕した。(犯人の挙動・状態)

・②.売場係員が「犯人が商品をバッグに入れるところ」を見た。
     係員の通報で現場に駆けつけると、その係員と犯人がいた。
     すぐに犯人が店外したので現行犯逮捕した(被害者の通報)

・③.パンパンに膨らませたバッグを持って売場をウロウロしている女性を尾行していた。
     店外した女性が『すいません、盗ってしまいました。元に戻しますので許してください。』と言ってきたので現行犯逮捕した。
     (犯人の挙動・状態、犯人の自白)

①は逮捕者の現認不足、②・③ は逮捕者の現認なし。
しかし、“周りの状況”から“現認不足・現認なし”を補えるので、「その者が犯人だ」とはっきり分かる。
だから現行犯逮捕が認められる。


しかし、「逮捕者が犯人の犯行を現認していない場合」は次に説明する準現行犯の守備範囲となる。 → 準現行犯逮捕
準現行犯逮捕では「犯人の犯行を現認していない」ことを補充するために厳しい条件を課している。

①は逮捕者が不確実でも現認しているが、②・③ は逮捕者が現認していない。
②・③ について現行犯逮捕が認められるには相当厳しく判断されるだろう。


ロ.この場合、私服保安は現行犯逮捕してもよいか?


以上のように、逮捕者が現認していなくても、
犯人の挙動や状態・犯罪の証拠・被害者の通報・犯人の自白などの周囲の状況から「その者が犯人だとはっきり分かる場合」は現行犯逮捕してもよい。

しかし、「現行犯逮捕ができる」というのは「現行犯逮捕が法律上許される・現行犯逮捕しても逮捕監禁罪にならない」ということにすぎない。
「私服保安として現行犯逮捕をしてもよいか」とは別の問題である。

私服保安が現行犯逮捕してもよいのは、裁判で犯人が自供を翻しても犯人を有罪にできる場合だけである。
私服保安の現行犯逮捕が適法であったとしても、そのあと犯人が証拠不充分で無罪となれば店の信用が傷つくからである。

この場合は、「犯人を完全に有罪にできるかどうか」で判断しなければならない。


私服保安の鉄則に「犯人がその商品を商品棚から手に取るところを見なければならない」というものがある。(棚取り現認・現認)
これは、見間違いを防ぐためのものでもあるが、「その商品が店のものであること・犯人が盗ったものであること」を証明する証拠だからでもある。

店に並べてある商品は他の店にも自販機にもある。
犯人は「これは他の店で買ったものだ、自販機で買ったものだ、昨日この店で買ったものだ」と逃げる。
当日の日付が印字してある弁当でも「隣にいたオジサンがくれた」と逃げる。
店の当時の陳列状況・販売記録から「店の商品であること」が予測されても、五分五分となり「疑わしきは被告人の利益による」で犯人の主張を覆せない。の
こんなときに、私服保安の現認が証拠に加わるので犯人を有罪にすることができる。

この点を検討しなければならない。

① は現認不足だから「証拠不足」。
② は売場係員の現認があるから「証拠OK」のように思えるが、その売場係員の現認が間違っていれば「証拠なし」となる。
③ は現認なしだから「証拠なし」。犯人の自白があるが裁判で犯人が「そんなことを言っていない」と言えば終わり。

結論としては、すべて私服保安が現行犯逮捕してはいけない場面である。

法律で認められることは、「それをしても犯罪にならない」というだけで、「私服保安としてそれをしてもよい」ということではない。
私服保安が法律を学ぶのは「どこから先が犯罪となるかを知る」ためである。
選任はこの点をしっかりと教え込まなければならない。



つづく。




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