店長のための 「保安のイ・ロ・ハ」
-目次-
前書き.伝承された私服保安ルールを次の世代へ
私服保安の世界では師匠から弟子へ「私服保安ルール」が伝承されてきました。
そのルールの根拠が何かは説明されず、「そのルールを護ることだけ」を教え込まれてきました。
しかし、「教え・教えられ・教える」中で、その内容が少しずつ変えられ、現在では「違法行為になるようなもの」も含まれるようになりました。
今こそ、私服保安を育てる者は「伝承された私服保安ルールの根拠」を検証し、
「現在の私服保安ルール」を「正しい私服保安ルール」として次の世代に引き継がなければならないのです。
私服保安教育の教材に満足なものはありません。全国の私服保安は協力してその教材を作らなければなりません。
・私服保安は攻める警備
★職人私服保安が作り上げたルールは魔法の薬
★伝言ゲームで「毒のあるルール」に変わってしまう
★私服保安教育の教材が必要
1.棚取り現認(着手現認)はなぜ必要か
私服保安の検挙条件に「現認(棚取り現認,入れる現認)、中断のないこと(中止)、単品禁止」があります。
この中の最初の棚取り現認について、「それがなぜ必要なのか」をハッキリと理解していない私服保安を見かけます。
彼らは「棚取り現認がないと誤認するから」と言います。
確かにその通りですが、それなら「誤認する可能性のないとき」は棚取り現認がなくてもよいことになります。
棚取り現認が必要なのは「誤認の可能性が高くなる」ことに加えて、
「それがないと犯人が盗ったことを証明できない」、さらに「それが店の商品であることを証明できない」からです。
だから、「誤認する可能性がなくても、棚取り現認がなければ捕まえてはいけない」のです。
今回はこれを説明します。
・棚取り現認(着手現認)とは
★棚取り現認が必要な理由①-盗ったことを証明できない
★棚取り現認が必要な理由②-店の商品であることを証明できない。
2.万引き犯人が盗った商品を捨てたら、「それを盗ったこと」が立証できない
私服保安教育で教えることの一つに、声かけして「逃げたら追うな」・「捨てたら追うな」。
「逃げたら追うな」は、これを追いかけると犯人が転んで怪我をしたり、他のお客さんを突き飛ばしたりぶつかったりして怪我をさせるから。
「捨てたら追うな」は、犯人の手から盗った商品が離れてしまえば、それを盗ったことが証明できないから。
「捨てたら追うな」と同じ理由で「見失ったら追うな」があります。見失ったときに捨てられたかもしれないからです。
今回の設例は「捨てたのに追って、捕まえた場合」。
「犯人が盗った商品を捨てたら(持っていなければ)」、私服保安の棚取り現認は充分な証明力を持ちません。
また、「捨てたことの目撃証言」もそれだけでは充分な証明力を持ちません。
私服保安は「捨てたら追うな」を今一度考えてみましょう。
・事案設定-万引き犯人が逃げる途中で盗った商品を捨てた
★「盗ってもいない、捨ててもいない」の主張を覆せるか
★目撃証言は犯人が商品を持っているから証明力がある。
★目撃証言を強める証拠がない
3.小学生万引きを捕まえると違法逮捕
今回は現行犯逮捕の制限について説明します。
現行犯逮捕ができるのは犯行後1時間以内、犯行現場から300m~500mです。
万引き行為の既遂時期は店外10mではありません。商品をポケットに入れたり、清算するべき売場から離れた時です。
店外10mでの声かけまでに、1時間以上経ったり、その売場から300m~500m離れれば現行犯逮捕することはできません。
このような場合に現行犯逮捕すれば違法逮捕となり、逮捕監禁罪となります。
また、「それが犯罪に該るものでないこと」が明らかに分かる場合は現行犯逮捕できません。
「それを犯罪行為として罰しない場合」も同じです。
泥酔してフラフラしている者は「明らかに心神喪失者」と分かるので、現行犯逮捕ができません。
また、小学2~3年生は「明らかに刑事未成年者」と分かるので現行犯逮捕できません。
このような場合に現行犯逮捕すれば違法逮捕となり、逮捕監禁罪になります。
この点は私服保安はもちろん店長さんも充分注意してください。
★犯人を逃がすな・現行犯逮捕で認められる実力行使の程度
★「店外10mでの声かけ」の理由と万引きの既遂時期
★現行犯逮捕には時間制限・距離制限がある
★現行犯逮捕の時間制限・距離制限を超えた場合はどうするか?施設管理権の正当防衛と自救行為は使えるか?
★小学2~3年生が万引きしても現行犯逮捕できない
・実際は問題は起こらないが…
4.誤認逮捕をしても犯罪にならない
前回は「小学生万引きを現行犯逮捕した私服保安が逮捕監禁罪になった事例」を取り上げました。
その私服保安は「はっきりと小学生と分かる者は現行犯逮捕できない」ということを知らずに捕まえた場合です。
一方、「その人が盗っていないのに、盗ったと見誤って現行犯逮捕した場合(誤認逮捕)」にその私服保安は刑事上の責任を問われません。
この二つに矛盾を感じると思いますので、少し突っ込んで説明します。
事実の錯誤と法律の錯誤、違法性阻却事由に関する事実の錯誤と違法性阻却事由に関する法律の錯誤の問題です。
簡単に言えば「法律を知らなかったり、条文の解釈を間違ったりした場合」にも刑事責任をとらされるというたとです。
途中で読む気がなくなったら、お店の私服保安に読ませてあとで説明させましょう。
なお、法律の素人にも理解できるように大雑把に事実の錯誤と法律の錯誤を分け、
しかも、何の権限も持たない警備員が他人の権利自由を侵害しないように、「行為者(警備員) の錯誤が故意を阻却しない方向・ 犯罪が成立する方向 」で説明してあります。
法律を勉強している方には参考になりませんのでご注意ください。
★注意しよう、任意の指紋採取
★事実の錯誤と法律の錯誤
★違法性阻却事由に関する事実の錯誤(要件がそろっていると間違った場合)
★違法性阻却事由に関する法律の錯誤(要件の解釈を間違っていた場合)
★誤認逮捕をした場合は違法性阻却事由に関する事実の錯誤
★小学生万引きを現行犯逮捕した場合は違法性阻却事由に関する法律の錯誤
5.のぞき・盗撮を現行犯逮捕するには
のぞき・盗撮は軽犯罪法と迷惑防止条例で禁止されています。
どちらも刑罰が定められているので犯人を現行犯逮捕できます(軽犯罪法での現行犯逮捕は制限付き)。
ただし、のぞき は物的証拠が残らず、犯罪行為や犯罪故意の立証が難しいので、私人である私服保安に現行犯逮捕は無理でしょう。
一方、盗撮は画像という証拠が残りますので私服保安でも現行犯逮捕は充分に可能です。
ただ、注意しなければならないのは、現行犯逮捕のあと犯人がこの画像を消去しても私服保安はそれを阻止することができないこと。
画像消去などすぐにできますから、盗撮の証拠はすぐになくなってしまいます。
この点が「現行犯逮捕後に犯人が盗った商品をなくすることができない」万引きとは違うのです。
まずは、「どのような のぞき・盗撮 が どのような法令で禁止されているのか」、「それに対してどのような対処方法があるのか」を知らなければなりません。
私服保安の現行犯逮捕は最後の最後に抜く「伝家の宝刀」です。
これを抜いたときは必ず相手を倒さなければなりません。
設例のような失敗は充分に考えられます。ご注意ください。
なお、迷惑防止条例の細かい解釈を参考として書いておきました。
★盗撮・のぞきを禁止する法令
・軽犯罪法 1条23号 の のぞき ・ 盗撮
・迷惑防止条例の のぞき ・ 盗撮
★「売場で女性客や女子従業員の姿・顔・脚を写真に撮る」のは犯罪ではない-肖像権侵害と正当防衛
・肖像権侵害
・肖像権侵害の正当防衛
・店内ルールによる対処法
★のぞき ・ 盗撮は立証がむずかしい
・犯罪行為の現認・立証がむずかしい
・犯罪故意の立証がむずかしい
・現行犯逮捕よりもやんわりとした牽制
★「またまた失敗」事例-現行犯逮捕した盗撮犯人が画像を消そうとした
・参考-三重県迷惑防止条例の検討
6.私服保安導入の前に知っておいてほしいこと
ここでは、私服保安を導入する前に知っておいてもらいたいことを書きます。
私服保安を導入する店長さんは『さあ、私服保安がやって来るぞ!ドンドンと万引きを捕まえてくれるゾ!』と期待しているでしょう。
しかし、その店に慣れるまでに時間がかかり、偶然に見つけた場合を別にして「最初の一人」を捕まえるまでにどんな腕利きでも1カ月程度かかります。
さらに、私服保安には「現認・中断なし・単品禁止」という「犯罪立証のため・誤認しないため」の検挙条件があり、これが揃わないと検挙しません。
私服保安が万引きを捕まえるのは「確実に犯罪行為を立証でき確実に有罪にできるとき」だけです。
また、万引きの少ない土曜・日曜・祭日に入店させたり、盗難が多いコーナーに貼りつかせたりすると検挙数が激減し、場合によっては三カ月検挙ゼロとなってしまいます。
最後に、私服保安業界には「小さな看板の警備業者」がたくさんあります。
独り親方、独り親方のグループ,師範と免許皆伝者達。
これらは「大きな看板の警備会社から独立した警備業者」です。中身は「全員が免許皆伝の腕利き」です。
私服保安業界では「警備料金が同じなら小さな看板を選んだほうがお得」なのです。。
この点も説明してあります。
★私服保安は店内カゴを持ちません-どのようにして万引きを見つけるか
★最初の一人を捕まえるまでに時間がかかる
・万引きが来なければ捕まえられない。捕まえなければ抑止効果はない。入店時間帯と曜日
★私服保安の選び方-検挙がないのには理由がある
★大きな看板と小さな看板の違い